放課後の教室と、君のイラストと・・・
SHIRO
第1話 君へ想いを伝えたい
放課後の教室、俺は机を隔てて女の子と向き合っている。
同じクラスで、共に風紀委員を務める片渕美香だ。
「あとは、ここに片渕の絵を描いたらええんとちゃう?」
「私の?」
「うん。片渕は絵上手いし」
「う~ん・・・ 私の絵でいいんかなぁ?」
「もちろん、片渕の絵やからええねん」
「ほんま? う~ん・・・ わかった、本多くんがそう言うなら」
そう言って片渕は目の前の画用紙に絵を描き始めた。
俺は今、恋をしている。目の前に座る片渕美香にだ。
片渕とは二年生になって同じクラスになり、席が隣だったことから話すようになった。そして偶然にも風紀委員委に二人で推薦され、一緒にやることになった。それから必然的に二人で話すことが多くなり、俺は次第に片渕に惹かれていったんだ。
正直、委員会の仕事は面倒でやりたくなかった。しかし今は、片渕との時間を作れるから、委員会の仕事も悪くないと思える。
そして今は何故、放課後の教室に二人でいるかというと、風紀の会議で決まった今月の風紀目標のポスターを俺たちが作ることになったからだ。
風紀目標のポスターとは、全学年の風紀委員が集まり、今月の風紀の目標を決めたものを画用紙に書いたものだ。そしてそれを掲示板に貼り、生徒たちに呼び掛けていく。そのポスター作りの当番が、今回は俺たち回ってきたということだ。
しかしこんなポスター、きっとみんなは見ていない、何もないかのように素通りしていく。だからだ、ここで片渕が描いたイラストがあれば、みんなが足を止めてくれる、振り返り見てくれる。そう思ったから俺は、片渕に絵を描くように勧めたんだ。
何故俺が、片渕が絵を描くことが上手なのを知っているのかというと・・・
「片渕、今日もノートありがとうな」
「ううん、ええよ」
「今日もイラスト良かったで」
「ほんまに? ありがとう」
片渕は俺がイラストのことを褒めると、ニコッと笑みを浮かべた。
実は俺、時々授業中のノートを片渕に書いてもらっている。そしてそこには必ずと言っていいほど、隅っこにかわいいイラストを描いてくれるんだ。ちょっとした一言を添えて。
『ここは重要だからテストに出るかも』
『お腹空いた、早くお弁当食べたい』
『今日は暑いね? 部活行きたくない』
そんな言葉を模した絵を描いてくれるんだ。
その絵が本当に上手くて、何種類でも見たくなる。
俺は別にノートを書くのが邪魔くさいわけじゃない。ただ片渕に絵を描いてほしかった、一言何か言葉がほしかったんだ。
それになんかこれって、ちょっと付き合っている恋人みたい。俺はそれが堪らなく嬉しかったんだ。
今日もそんな感じで片渕は俺のノートを書いてくれた。
たしか今日の一言は、
『今日は用事があって、部活の後、四丁目の方から帰らないとあかんねん。あの辺は夜になると暗いから嫌や』
その一言と、女の子の泣き顔の絵だった。
四丁目かぁ・・・ 確かにあの辺は夜になると暗いよなぁ、街灯も少ないし。
「本多くん、本多くん?」
「えっ?」
「どうしたの? ぼーっとして」
「ああ、ごめん」
俺は今日の片渕の一言を思い出しながら考え事をしていて、片渕の呼びかけに気付いていなかった。
「こんな感じでいいかな?」
片渕が描き終えた絵を見せてくれる。
それは服装が少し乱れた男子生徒の制服を、女子生徒が直してあげているイラストだった。
二人はとてもにこやかで、見ていてほっとする絵だ。
「うん、ええよ。すごくええ」
「ほんま? じゃあ後、色付けていくね」
「うん」
片渕は色鉛筆を取り出し、描いたイラストに色を塗り始めた。
雲の切れ間から顔を出した夕日が、教室の端からゆっくりと光を差し、片渕の横顔を夕焼け色に染める。
「綺麗・・・」
俺は思わず、そんな言葉を漏らす。
「えっ?」
それを聞いた片渕が、何のことかと顔を上げた。
「あっ、いや! 絵、その絵にその色がめっちゃ綺麗やなって!」
俺は慌てて誤魔化した。
「そう? ありがとう」
あぶなかった・・・ つい言葉に出てもた。
確かにイラストも綺麗なんだけど、今思ったのは片渕のこと。夕日に照らされる片渕の顔がとても綺麗に見えた。しかしそんなことは恥ずかしくて言えない。
もう陽も落ちるなぁ・・・
部活も行かな先生に怒られる。
それよりもうすぐポスターが完成してしまう。
片渕ならあと五分も掛からないやろう。
二人でいられる時間はあと少し・・・
俺はポスターに向かって真剣に色を塗る片渕を見て、もっと一緒にいたいなと思う。
片渕・・・
俺、片渕ともっとしゃべっていたい、もっと仲良くなりたい。もっと一緒にいたい。
それで、俺・・・ 片渕と付き合いたい・・・
告白、する? いやいやいや、ようせんわ。
けど、もっと仲良くなりたい・・・ 今、何かできることはないか?
「本多くん? どうしたん?」
「えっ?」
「そんなに見られると恥ずかしいんやけど・・・」
片渕は体をポスターに向けたまま視線だけを上げ、少し頬を赤らめながら上目遣いで俺のことを見た。
「ああ、ごめん! またぼーっとしてた!」
俺はまたも誤魔化すように視線をそらし、言い訳をした。
「なんや、ぼーっとしてただけか・・・」
片渕は少し残念そうな表情を見せ、俯いた。
その時、俺は焦っていたせいか、その表情に気付くこともできず、ただ片渕から顔をそむけていた。
あかん、あかん。俺が好きなんがばれてまう。
平常心、平常心・・・
俺は教室に掛けられた時計を見る。時間はもう五時前。ポスターを作り始めて一時間、いつの間にか、それだけの時間が経過していた。
あかん、もう時間がない。部活も行かなかんし。
何かないか? 片渕の気を惹けるようなこと、もっと仲良くなれるようなこと。
俺は焦りで落ち着かなくなっていた。
「ごめんね、すごい時間掛かってもうて。早く部活行かんとマズいよね?」
そんな俺に気付いて悪く思ったのか、片渕が絵を描くことに時間をかけていることを謝って来た。
「いや、ちゃうねん。そうじゃなくて!」
「そうじゃなくて?」
俺の返した言葉に、片渕が首を傾げる。
部活が気になる、ポスター作りに一時間も掛けて先生に怒られるかもしれん。でもそれは片渕も同じ。
けど、俺が本当に気になっていたのはそれじゃない、片渕とのこと。
早く何か言わないと、何の進展もないままこの時間が終わってしまう。
話すだけならいつでもできる。でもこうして二人きりで話せるのはこんな時くらいしかない、何かを起こすなら今しかない。
「いや・・・ 大丈夫。怒られへんって。それより良いポスター作った方が褒められるわ」
「そうやね? でも早くしないとね」
片渕はそう言って再び色を塗り始めた。
何やってるねん! これじゃ片渕に気を遣わせただけやないか! なんの進展もないやないか!
刻々と秒針は進み、時間が過ぎていく。
うじうじしててもしょうがない。ここで勇気を出せ、俺!
「あのさ、片渕!」
「んんっ?」
片渕が顔を上げる。
「部活の後、一緒に帰らんか?」
「えっ?」
俺の言葉に片渕がフリーズした。
やっぱり引かれたか? 彼氏でもないのに一緒に帰るんはおかしいよな?
けど俺は・・・
「なんかさ、もうちょっと話したいなって・・・ ほら、風紀のこととか」
ちゃんとした理由も言えない俺。けど、何故か今は押していける。
「でも、私、用事があって四丁目の方に帰るよ? 本多くんは一丁目やろ? 帰り道と逆やで?」
そう逆。片渕が帰る方角とは全然違う。
「わかってる。だから、何というか・・・ 四丁目の方は暗いし、女の子一人じゃ危ないから・・・ と、思って・・・ どうやろ・・・?」
なんや俺、なんでこんな言葉が出てくるねん。テンション上がってしまってるんか?
頭の先から足のつま先まで力が入り、体全体に熱を帯びているのがわかる。正直、ドキドキで頭がどうにかなってしまいそうや。
「ほんまに、ええの・・・?」
「えっ?」
「遠回りになるけど、ええの?」
「ああ、問題ない。なんなら用事済ませたら家まで送ったるわ」
片渕は嫌がってはない・・・?
「じゃあ、お願いしようかな?」
「えっ? マジで?」
「うん。用事はすぐに終わる、親戚の家に荷物預かりに行くだけやから。でもその後、本当に家まで送ってくれるん?」
「おう、もちろん!」
「じゃあ、もう一つお願いがあるねん」
「お願い? なに?」
「四丁目の上の方に行きたいねん」
「上の方って、急な坂道になってるところか?」
「うん。あそこから見る景色がすごく綺麗やから。それに帰りやったら夜景が見えると思うねん。私、それが見たい」
「夜景かぁ・・・」
確かにあそこから見る景色は綺麗だ。夕日なんかはほんまに綺麗に見える。
夜はあんまり行ったことないけど・・・確かに。あそこなら夜景が綺麗に見えるやろう。
「昔に一回だけ友達と行ったことあるねんけど、さすがに夜に一人で行くのは怖いから、本多くんが一緒に来てくれるとうれしい」
片渕からのお願い・・・
「ああ、それはもちろん。でも、俺でいいんか?」
「えっ?」
「なんか夜景ってさ、特別っていうか・・・ なっ、あるやんそういうの」
「本多くんとが・・・いいんよ」
片渕はそう言って頬を少し赤らめた。
「えっ? それって・・・ どういう・・・」
「じゃあ私、部活行くね」
「えっ? ああ、そうやな。もうこんな時間や。じゃあ、どこで待ってればええ?」
「校門前で・・・」
「うん、わかった」
「じゃあ、またあとでね」
「うん・・・」
片渕は右手で俺の左腕に軽く触れると、赤くなった顔を隠すように、足早に教室を出ていいた。
「片渕と一緒に帰れる・・・ マジか・・・」
片渕は俺と一緒に帰ると言ってくれた。しかも夜景も一緒に見たいって・・・
それってもう、俺のこと好きって思っていいんかな?
「しかし、赤くなった片渕の顔、可愛かったなぁ・・・」
片渕に想いを伝えたい、より仲良くなるために何かしようと思えた、つい五分前、まさかこんな結果になるなんて思いもよらなかった。
「さぁ、部活行こう」
俺は鞄を持ち、部活へと向かう。こんなにやる気がある状態で部活へ向かうのは初めてだ。
それから二時間後、俺は生まれて初めて、めちゃくちゃ幸せな時間を過ごした。
おわり
放課後の教室と、君のイラストと・・・ SHIRO @powsnow
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