セレウスの謝罪 その2
「陛下のおっしゃる通りだ。嬢ちゃんが謝ることは何にもねぇよ。むしろ、嬢ちゃんは褒められるべきだ。怖かっただろうに、よく頑張ったな」
「ゲルヴィス様……っ」
わしわしと頭を撫でる手は、犬でも撫でるようにぞんざいなのに、確かな思いやりと気遣いが感じられて、声が湿り気を帯びる。と。
「おい」
端正な面輪を不愉快そうにしかめたウォルフレッドが、トリンティアの頭に載っていたゲルヴィスの手を振り払った。
「ごつい手であまり撫でまわすな。トリンティアの髪が乱れる」
不機嫌さを隠そうともしない様子で告げたウォルフレッドが、よしよしといたわるように頭を撫でる。ゲルヴィスが
「ぶっひゃっひゃひゃ……っ! ちょっ!? 何すか陛下っ!? 髪が乱れるって……っ!」
お腹を抱えて笑いながら、ゲルヴィスがからかうように唇を吊り上げる。
「正直に言ったらどうっすか~? 自分以外の野郎が嬢ちゃんにふれるのが我慢ならないって」
「黙れ」
ウォルフレッドが氷よりも冷ややかなまなざしでゲルヴィスを睨みつけるが、ゲルヴィスは動じない。それどころか、「ぶひゃっひゃっひゃっひゃ!」とさらに大きな笑い声を立てる。
「いや~っ! 陛下に長くお仕えしてますけど、まさかこんな陛下を見られる日が来るなんて……っ! 嬢ちゃんには、ほんと感謝しないといけないっすね!」
「?」
迷惑をかけ通しだというのに、何を感謝されることがあるのだろう。わけがわからず、きょとんとゲルヴィスを振り返ると、大柄なゲルヴィスが身を屈めてトリンティアと視線を合わせた。
「嬢ちゃん。俺からもどうか頼む。これからも、ずっと陛下のおそばにいてくれ」
祈るような真摯な声に、引き込まれるようにこくんと頷く。
「は、はい……っ。陛下が望んでくださる限り……っ!」
「お前を離す日など、来るはずがないだろう?」
ウォルフレッドの声と同時に、行動で示すかのように、抱きしめられた腕にぎゅっと力が
「何があろうとも、お前はわたしのたったひとりの『花の乙女』だ」
迷いなく断言された言葉に、幸せのあまり気が遠のきそうになる。だが、今は。
「陛下、この上なく嬉しゅうございます。で、ですが、その……っ。今はお放しいただければ……っ」
羞恥で顔が真っ赤になっているのが、鏡を見ずともわかる。ゲルヴィスはともかく、セレウスがずっと無言なのは、きっと呆れ果てているからに違いない。
「うん? わたしの腕の中では不満か?」
ウォルフレッドがからかうような声を上げる。
「ふ、不満などございません! で、ですが……っ! 人前では、恥ずかしくて心臓が壊れてしまいます……っ」
うつむき、身を縮めて声を絞り出すと、ウォルフレッドがくすりと楽しげな笑みをこぼした。
「ふむ。では二人きりの時ならいいというわけだな」
「っ!? へ、陛下っ!?」
思わぬ揚げ足を取られて、すっとんきょうな声が飛び出す。
「あ、あのっ、それは……っ!」
「よくありません!」と嘘をつくことはできない。かといって、「二人きりの時ならいいです」とは、恥ずかしくて口が裂けても言えない。
恥ずかしさが限界を突破して、泣きたい気持ちであうあうと言葉にならない呟きを洩らしていると、ふっ、と苦笑する気配とともに、そっと腕がほどかれた。
「すまん。恥ずかしがるお前が愛らしすぎて、ついからかいすぎてしまった。頼むから、そんな泣きそうな顔をするな」
困ったように眉を下げたウォルフレッドが、ぽふぽふとなだめるように頭を撫でる。
「あ、愛……っ」
だがやはり、告げられる言葉が心臓に悪すぎる。
顔を上げられなくてうつむいていると、視界の端で何かが揺れた。
それが、歩み寄ったセレウスだと気づくより早く。
「トリンティア……。いえ、トリンティア様」
さっと床に片膝をついて
「このたびは、己の復讐を完遂するためにトリンティア様を過酷な目に合わせてしまい、大変申し訳ございませんでした。心よりお詫び申しあげます。いえっ! 謝罪だけで済むとは思っておりません! わたしが犯したのはまぎれもなく大罪。
「ちょっ!? ちょっと待ってくださいっ!」
泥のように苦い声で、
「セレウス様!? いったい何をおっしゃっているのですか!? それに、トリンティア様って……っ!?」
まったく全然わけがわからない。
もしかして、疲労から高熱を出して錯乱しているのだろうか。
「へ、陛下! ゲルヴィス様! セレウス様のご様子がただ事ではないのですが……っ!?」
振り返り、ウォルフレッドとゲルヴィスを
「ああ、うん。確かに、こりゃあただ事じゃねえなぁ」
うんうん、と重々しく頷くゲルヴィスの様子に確信を持つ。
「そうですよねっ!? いったいどうなさってしまったんでしょう……っ!? セレウス様! どうかしっかりなさってくださいっ!」
セレウスの肩に手をかけて起こそうとするが、トリンティアの力ではびくとも動かない。逆に、肩にかけた手をぐっと握られ、びっくりする。
「ご心配は無用です。わたしは意識も理性もすこぶるはっきりしております。さあ、トリンティア様。どのような罰でもお与えください。わたくしは、それだけの罪を犯してしまいました」
面輪を上げたセレウスが、真っ直ぐにトリンティアを見つめる。薄青い瞳に宿るまなざしは、真剣極まりない。だが。
「お、お待ちくださいっ! 私などがセレウス様に罰を与えるなんて、とんでもありませんっ! そもそも、セレウス様は何も悪いことなどなさってらっしゃらないではありませんか!」
叫ぶように告げると、セレウスが
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