セレウスの謝罪 その1
ウォルフレッドによってレイフェルドから助けられ、『天哮の儀』が終わったものの、トリンティアがゲルヴィスとセレウスに会えることになったのは、翌日の朝食の時だった。
昨日は仮眠を取った後、エリティーゼと再会したが、話に花が咲いて別れがたく、結局、夕食もエリティーゼととったためだ。
『昨日の今日だ。しばらく、ゆっくり休め』
とウォルフレッドが気遣ってくれたため、トリンティアが着ているのは謁見のための『花の乙女』の白いドレスではなく、薄桃色の簡素なドレスだ。
昨日も今朝も、着替えを手伝ってくれたのは侍女頭のイルダだが、ふだん、淡々として滅多に表情を変えないイルダでさえ、『よくご無事で……っ! 本当に、無事でよかった……っ!』と涙を浮かべてトリンティアの両手を握りしめ、無事を喜んでくれた。
イルダだけではない。イルダとともに会いに来てくれたソシアも、涙を流してトリンティアの無事を喜んでくれた。
周りの人々に、いったいどれほどの心配をかけてしまったのかと思うと、申し訳ない気持ちになる。
ウォルフレッドとともに救出に駆けつけてくれたゲルヴィスや、『天哮の儀』のつつがなく執り行うため王城に残ってくれたセレウスにも、謝罪と感謝をしなくては、と心を決めていたトリンティアは、いつも通り豪華な食事が並べられたテーブルを前に、改めて気合いを入れた。
「どうした?」
隣に座るウォルフレッドが、不思議そうな顔をする。
「あ、いえ……っ」
ふる、とかぶりを振り、答えようとした言葉に、扉がノックされる音と、「失礼してよろしいでしょうか?」と入室の許可を問うセレウスの声が重なった。
「ああ、入れ」
ウォルフレッドが告げると同時に、トリンティアはさっと席を立つ。
かすかな
「ゲルヴィス様! セレウス様! 多大なご迷惑をおかけしてしまいまして、本当に申し訳ございませんでした!」
身体を二つに折りたたむようにして、深々と頭を下げる。
「なっ!?」
「嬢ちゃんっ!?」
「トリンティア!?」
セレウスとゲルヴィスだけでなく、ウォルフレッドまでもが驚きに満ちた声を上げるが、トリンティアはかまわず頭を下げたまま謝罪を紡ぐ。
「『天哮の儀』が目前だったというのに、私のせいで皆様にご迷惑をおかけして、何とお詫び申し上げればよいか……っ! 謝って済むとは思えませんが、それでも謝罪させてください! 本当に申し訳ございませんっ!」
「何を言う!?」
真っ先に反応したのはウォルフレッドだった。声と同時に、ぐいを肩を掴まれ、強引に身を引き起こされる。
「ひゃっ!?」
あまりの勢いにたたらを踏んだ身体が、とすりとウォルフレッドにぶつかる。
「お前が謝る必要など、欠片もないだろう!? むしろ謝らねばならぬのはわたしのほうだ! わたしがサディウム伯爵の屋敷でお前から目を離さなければ、お前をあんな恐ろしい目に遭わさずに済んだというのに……っ!」
「へ、陛下のせいではございませんっ!」
トリンティアの胸まで痛くなるような自責の声音に、弾かれたようにぶんぶんとかぶりを振る。
「陛下は私を助けに来てくださったではありませんか! 陛下が来てくださらなかったら、私……っ」
「も、申し訳――」
「トリンティア」
言葉を封じるように、ウォルフレッドの耳に心地よい声がトリンティアの名を呼ばう。
一瞬、ウォルフレッドが腕をほどいたかと思うと、くるりと反転させられ、ふたたび強く抱きしめられた。広い胸板に頬が押しつけられる。
「不甲斐ないわたしを許してくれ。だが、もう決して誰にもお前を傷つけさせぬ。何があろうと、わたしがお前を守ってみせよう」
心の芯まで届くような力強い声。
トリンティアを包むあたたかさが、恐怖に強張る身体と心を融かしてゆく。
「陛下……っ」
トリンティアを思いやってくれるウォルフレッドの心が、涙があふれそうなほど、嬉しい。けれど。
「あ、あの……っ」
ここには、ゲルヴィスもセレウスもいるのだ。人前で抱きしめられるなんて、恥ずかしすぎる。
腕をほどいてもらおうと身動ぎすると、不意にわしわしと後ろから頭を撫でられる。
驚いて首をねじって振り返ると、ゲルヴィスが左頬に傷のある顔に優しい笑みを浮かべて、トリンティアを見下ろしていた。
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