エリティーゼとの再会 その1


「トリンティア……っ! よかった、無事で……っ!」


「お姉様……っ!」


 『天哮の儀』が終わってから数刻後。仮眠や食事をとり、簡素なドレスに着替えたトリンティアは、ウォルフレッドに頼み込んでエリティーゼの元へ連れて行ってもらった。


 さらわれてしまったため、トリンティアは、まったく知らなかったが、サディウム伯爵が捕らえられ、屋敷で火事が起こったため、エリティーゼはしばらく王城へ滞在するのだという。


 ウォルフレッドとともに部屋に入ってきたトリンティアを見た途端、エリティーゼが麗しい面輪に涙を浮かべて駆け寄ってくる。


 きっと、ろくに眠らずトリンティアを心配し続けてくれていたのだろう。憔悴が透けて見える姉の美貌に、トリンティアの目頭も熱くなる。


 トリンティアの手を両手でぎゅっと握りしめたエリティーゼが、深く頭を下げる。


「セレウス様やゲルヴィス様から、あなた攫われた経緯をうかがったの。ごめんなさい、トリンティア……っ! わたくしと間違われて攫われてしまったなんて……っ! いったい、なんと言って詫びればよいのか……っ!」


 唇をわななかせたエリティーゼの瞳に、涙の粒が盛り上がる。


「いいえっ!」


 強い声を上げ、トリンティアは姉の手を握り返して千切れんばかりに首を横に振った。


「お姉様、そんな風に謝らないでくださいっ! 私は、お姉様の代わりに攫われてよかったと思ってるのですから……っ! もしお姉様が攫われていたら、どんな恐ろしい目に遭っていたか……っ!」


 レイフェルドの本来の標的だったエリティーゼが攫われていたら、きっと無事ではすまなかっただろう。トリンティアでさえ、あれほど恐ろしい目に遭ったのだ。


 レイフェルドと対峙していた時のことを思い出すだけで、身体が恐怖にがくがくと震え出す。と。


 不意に、力強い腕に後ろからぎゅっと抱きしめられた。


「へ、陛下っ!?」


 すっとんきょうな声な声が飛び出す。驚愕のあまり、恐怖もどこかへ飛んで行ってしまった。


 驚いて振り返ると、トリンティアを見下ろす碧い瞳とぱちりと視線が合った。いたわりと決意に満ちた、力強いまなざし。


「大丈夫だ。何があろうと、もう二度とお前をあのような恐ろしい目に遭わせはせぬ」


 きっぱりと告げられた真摯な声に、ぱくんと心臓が跳ねる。


 意志の強さを示すかのように、トリンティアに回された両腕に、ぎゅっと力がこもった。


 ウォルフレッドの腕の中にいるだけで、恐怖が雪解けのようにほどけていく気がする。とはいえ。


「あ、あのっ、陛下……っ!?」


 目の前には『銀狼国の薔薇』と謳われる美貌のエリティーゼ。そして背後からは見惚れずにはいられないほど凛々しいウォルフレッドに抱きしめられているなんて、これはいったいどういう状況だろう。


 頭がくらくらして、気を失ってしまいそうだ。


「も、もう大丈夫ですから……っ!」


 身動ぎするが、ウォルフレッドの力強い腕は緩まない。それどころか、苦しくなりそうなほど、ますます強く抱きしめられる。


「駄目だ。恐怖に震えるお前を放っておくなど……っ。わたしの心のほうが、心配でどうにかなってしまう」


 聞いているトリンティアの胸まで切なく軋むような想いにあふれた声に、言葉が詰まって何も言えなくなる。


 喜びと嬉しさで胸がいっぱいになって、抑えきれない感情が涙となってあふれてしまいそうだ。


 と、驚きに目をみはってトリンティアとウォルフレッドのやりとりを見守っていたエリティーゼが、唇をほころばせた。


 握りしめていたトリンティアの手を放して、一歩下がると、ドレスのスカートをつまんで恭しい仕草で一礼する。


「陛下。改めてお礼を申しあげます。トリンティアを助け、お守りくださり、誠にありがとうございます。姉として、感謝の言葉もございません。誠に……。誠にありがとうございます」


 トリンティアが見惚れるほど優雅な所作で、エリティーゼが深々と頭を下げる。


「礼などいらぬ」

 わずかに腕を緩めたウォルフレッドが静かな声でエリティーゼに告げる。


「何よりも大切な『花の乙女』なのだから……。当然のことだ」


 『大切な』とウォルフレッドに言ってもらえるだけで、胸の奥にあたたかな光が灯る気がする。


 だが、お願いだからそろそろ放してほしい。いくらエリティーゼしかいないとはいえ……。

 人前でこんな風に抱き寄せられるなんて、恥ずかしくて心臓が壊れてしまう。


 身を起こしたエリティーゼに微笑ましく見守られているだけで、心がくすぐったくなってしまって、今すぐ逃げ出したい気持ちに襲われる。


「あ、あの、陛下……。もう、大丈夫です。陛下のおかげで落ち着きましたので……、その……っ」


 身をよじると、ひとつ吐息したウォルフレッドが、仕方がなさそうに腕をほどいてくれた。


 ほっ、と安堵の息を洩らした拍子に、大切なことを思い出す。


「そ、その、陛下……。ひとつうかがってもよろしいでしょうか……?」


 振り返り、おずおずと長身のウォルフレッドを見上げると、「うん? 何だ?」と甘やかな笑顔で問い返された。その笑顔を見るだけで、とくんと鼓動が跳ねる。


「その……。エリティーゼお姉様は……。今後、どうなるのでしょうか……?」


 サディウム伯爵が捕らえられたというのは聞いている。だが、父親が捕らえられて、エリティーゼはどうなってしまうのだろう。


 伯爵家の直系はエリティーゼしかいない。王城のこんな立派な部屋に滞在するということは、エリティーゼまで罪に問われることはないのだろうが……。


 万が一、エリティーゼにまで累が及ぶようなことがあれば、額づいてウォルフレッドに嘆願しようと心に決める。


 緊張しながら凛々しい面輪を見上げていると、ウォルフレッドが安心させるように柔らかな笑みを浮かべた。


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