『天哮の儀』を終えた従者達は感慨にふける
「戻りましたか、ゲルヴィス。お疲れ様でした。早馬でゼンクール公爵を捕らえたとの知らせ、助かりました」
レイフェルドに従っていた者達やゼンクール公爵を捕らえ、連行は部下に任せて急ぎ王城へ戻ってきたゲルヴィスは、ウォルフレッドの私室にほど近い廊下で顔を合わせたセレウスに、ねぎらいの言葉をかけられた。
「そっちはどうだったんだ? もちろん、無事、『天哮の儀』は終わったんだろ?」
ここに来るまでに、興奮冷めやらぬ様子で、『天哮の儀』の素晴らしさを語る貴族達を何人も見た。もうすでに儀式は終わり、『天哮の儀』の後の皇帝への拝謁も済んでいるというのに、感動にうち震える貴族達はまだ帰りがたいらしい。
口々にウォルフレッドを
ゲルヴィスの言葉に、セレウスが大きく頷いた。
「ええ。素晴らしい光景でしたよ。陛下の遠吠えとともに、
「……そいつぁ、俺も見たかったな」
ウォルフレッドの剣であることに不満はない。
だが、敬愛する主君の一世一代の晴れ舞台を、叶うことならこの目で拝みたかったのは本心だ。
「……で、貴族達の忠誠をがっつり掴んだ当人は?」
本来なら、この好機を逃すウォルフレッドではない。ここぞとばかりに貴族達に働きかけ、彼らの忠誠を確固たるものとするために動いているはずだ。
が、貴族達の輪の中心で、ウォルフレッドの素晴らしさを熱心に説くベラレス元公爵や、息子であるベラレス新公爵・ネイビスの姿はあったものの、当の本人はどこにも見えなかった。
ゲルヴィスの問いかけに、セレウスが私室のほうへ視線を向ける。
「実は、トリンティアが『天哮の儀』の最中に気を失いましてね。イルダに任せて私室に運び入れたのですが、陛下が大変心配されまして。最低限の公務を済まされた後、すぐに私室に……」
「まあ、あんな目に遭わされちゃなぁ……。むしろ、よく『天哮の儀』までもったと思うよ」
「……トリンティアが
「いま押しかけたら、問答無用で陛下に殴られるだろ。後にしとけ」
ゲルヴィスの指摘に、セレウスが「わかっています」と吐息とともにこぼす。
「っていうか……」
ゲルヴィスは己の顔が緩むのを感じる。
「二人っきりで私室にこもったってコトは、もうこりゃ、アレだろ? お世継ぎの顔を見るのも、そう遠い日のことじゃねぇかも知れねーなぁ……」
皇位争いに身を投じて以来、恋なんて甘やかなものなど、考える暇さえなく公務に
トリンティアのほうも、様子を見る限り、ウォルフレッドを憎からず想っているようだし、これはもう、想いを確かめ合っているに違いない。
ようやく、真の意味でウォルフレッドを癒してくれる存在ができたことが、ゲルヴィスには嬉しくて仕方がない。
ゲルヴィスの言葉に、セレウスが
「お世継ぎ!? これは……。トリンティアを皇妃とする準備も、早く進めなくてはなりませんね……」
「おっ!? へぇ、嬢ちゃんを皇妃として認めるのかよ?」
セレウスの性格なら、「皇妃には政治的な後ろ盾を期待できる令嬢を!」と言いそうだと思っていたが。
意外な反応に驚いて問い返すと、セレウスが整った面輪をしかめて吐息した。
「陛下がトリンティア以外を望まれるはずがありませんからね。ならば、わたしができることは、万難を排してトリンティアに皇妃へ登りつめてもらう道を整えるのみです」
「……おい。お前の気合いはわかったけど、嬢ちゃんの前でその悪だくみ顔はやめておけよ? ぜってぇ怖がるからな」
「……そうですか?」
自覚がないのか、セレウスが片手で自分の顔を撫でる。
「たまには自分の顔を鏡で見とけ。しっかし……。本当に、こんな喜ばしい日が来るとはなぁ……」
喜びにひたりながら、しみじみと呟く。
「こりゃあ、部屋から出てきた時には、思いっきり陛下をからかわなきゃな……。いや~っ、今から楽しみだぜ!」
こんなに心が躍るのはいつぶりだろうか。
花が咲くように美しくなった少女に感謝しながら、ゲルヴィスはもう一度、二人が想いを育んでいるであろう私室へ、優しいまなざしを向けた。
……しばらくのち。
「……で。首尾はどうだったんすか? ちゃんと優しくしてあげたんすよね?」
「陛下。誠におめでとうございます。トリンティアは大丈夫ですか? 身体の調子などは」
私室からひとりで出てきたウォルフレッドに、にやにや笑いながら問いかけ、
「お前達! いったいわたしを何だと思っている!? レイフェルドにあんな恐ろしい目に遭わされたトリンティアの気持ちも考えず、我欲に囚われてわたしが大切な花を
と、眠る愛らしいトリンティアを前に、必死で理性を振り絞っていたウォルフレッドに激怒されるのだが……。
そんな未来も知らず、今はまだ、従者達はそれぞれの思いに浸っていた……。
おわり
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