おまけ3 お前は菓子よりも甘いな
言うなり、「愛している、トリンティア」と唇に軽くくちづけられる。
「へ、陛下っ!?」
「可愛いトリンティア、わたしの大切な花。お前が微笑んでくれるなら、お前の望みは何であろうと叶えよう」
ちゅ、ちゅ、と囁きの合間にくちづけを落とされ、たちまち思考が沸騰する。
優しい指も力強い腕も、蜜よりも甘い言葉も、たったひと
こんなに与えられては、羞恥と混乱で何も考えられなくなってしまう。
「へ、陛下。お待ちくださいませ。あの……っ」
このまま、気を失ってしまうのではなかろうか。
そんな心配をしながらなんとかウォルフレッドを押し留めようとすると、くぅ、と小さな音が鳴った。
ウォルフレッドがぴたりと動きを止める。
「も、申し訳ございません……っ」
泣きそうになりながら詫びると、ウォルフレッドに抱き起こされる。
「すまん。夕べから何も食べていないのだったな。お前が目覚めた時のためにと、食事を用意させてある。ちゃんと菓子もあるぞ?」
「えっ」
「お菓子」の一言に、思わずぱっと顔を上げてしまう。ウォルフレッドがふは、と柔らかく吹き出した。
「お前は本当に菓子が好きなのだな。おいで。お前が目覚めたことをしれば、心配していたイルダやソシアも安心するだろう」
ウォルフレッドがいつものようにトリンティアを横抱きに抱き上げ、扉へ近づく。
「イルダ、そこにいるか? トリンティアが目を覚ました。すぐに食事の用意を」
「かしこまりました」
扉の向こうから、打てば響くようなイルダの声が返ってくる。
「そういえば、わたし以外にももう一人、お前に謝らなければならぬ者がいたな……」
テーブルへ歩みながら、ウォルフレッドが低い声で呟く。
「え?」
トリンティアには、いったい誰のことなのか心当たりがない。
「セレウスが、お前に詫びたいと言っておった」
「? 謝らなければならないようなことを、セレウス様にされた覚えはございませんが……?」
きょとんと返すと、ウォルフレッドが端正な面輪をしかめた。
「……お前は、本当に人が
「そうだったのですか?」
レイフェルドに囚われた時ほどではないにしろ、サディウム伯爵に殴られた時も、本当に恐ろしかった。
さんざん虐げられてきた過去の恐怖が一気に噴き出してきて、心が壊れるかと思った。だが。
「ですが……。セレウス様が無用なことをなさるとは思えません……。私などでは真意はわかりませんが、きっと、何か必要にかられてのことだったのでございましょう? なのでしたら、私ごときがセレウス様を怒るなど……。とんでもないことです。あのっ、それより」
大切なことを思い出し、思わず身を乗り出す。
「エリティーゼ姉様はどうなされているのですか? 無事でいらっしゃいますか?」
「大丈夫だ。エリティーゼ嬢は、今は王城に身を寄せている。食事も喉を通らぬくらいお前のことを心配していたゆえ、後で会いに行くとよい」
「よかった……っ。ありがとうございます」
トリンティアはほぅ、と心から安堵の息をつく。
「それと、エリティーゼ嬢は想い人と皇帝の名のもとに婚姻を結ばせる。安心しろ」
「……っ!」
ウォルフレッドの言葉に息を飲む。次いで出てきたのは、抑えきれない感謝の気持ちだ。
「エリティーゼ姉様が……っ! ああっ、陛下、なんとお礼を申し上げたらよいのでしょうか。本当に、ありがとうございます……っ!」
大切な姉が、想う人と結ばれて幸せになれる。それが、何よりも嬉しい。
「まったくお前は……。自分のことより、人のことばかりだな」
「えっ?」
トリンティアを横抱きにしたまま、椅子に腰かけたウォルフレッドが、ちゅ、とまなじりにくちづける。
「セレウスにも怒らぬと言うし……。お前が怒らぬのなら、代わりにわたしが殴るか」
「へ、陛下っ!?」
とんでもないことをさらりと告げたウォルフレッドに目を見開く。
「な、なんてことをおっしゃるんですか!? な、殴るなんてそんな……」
銀狼の力を持つウォルフレッドがセレウスを殴ったら、大変なことになるに違いない。
「冗談だ」
とても冗談とは思えない真剣な顔で呟いたウォルフレッドが、難しい顔のまま、眉を寄せる。
「ともあれ、セレウスのことは後回しだな。……夜着のお前を、他の男になど見せられぬ」
ウォルフレッドの言葉に、ただでさえ熱い顔がますます熱を持つ。
夜着など毎夜ウォルフレッドに見られているが、薄明りの中と、明るい日中では恥ずかしさの度合いが違う。
「あ、あの、そろそろ下ろしてくださいませ。イルダ様もまもなくいらっしゃるでしょうし……」
居心地悪くウォルフレッドの膝の上で
「駄目だ」
と逆にぎゅっと強く抱き寄せられた。
「お前のいるべき場所は、いつだってわたしの腕の中だろう?」
「っ!? そんなわけはございませんでしょう!? ご冗談はお許しくださいませっ」
「……嫌なのか?」
首を傾げて問われ、返事に
「い、嫌ではなく……っ。その、恥ずかしすぎて、心臓が壊れてしまいます……っ」
鏡を見なくても、顔が真っ赤になっているのがわかる。
背けようとすると、くい、と顎を掴まれた。かと思うと、優しくくちづけられる。
「ゆっくりでよい、慣れてくれれば……。できれば、わたしの理性が保てる内が助かるがな」
謎の言葉を呟いたウォルフレッドが、ついばむようなくちづけを落とす。
「お前は菓子よりも甘いな。どんな美酒よりも、わたしを酔わせる」
「へ、陛下っ!? あの……っ。イルダ様がいらっしゃったら大変ですから――、んんっ!?」
突然、深くくちづけられ、無理やり言葉を途切れさせられる。
「そういえば、前に手当てをした時」
唇を離したウォルフレッドが、吐息のかかる近さで、悪戯っぽく微笑む。
「あまりうるさく言っていると、くちづけてふさぐと言ったが……。我ながら、妙案だな。採用しよう」
「陛下!? 何をおっしゃって……、んっ」
言い終わらぬうちに、ふたたび唇をふさがれる。
「こうすれば、お前に望むだけくちづけられるからな……。うむ、いい考えだ」
「あ、あの……っ」
くらくらするような恥ずかしさと幸せに翻弄され、思考が白く融けてゆく。
楽しげなウォルフレッドの声を聞きながら、トリンティアはただただ、愛しい人の甘いくちづけに酔いしれた……。
おわり
~作者よりお礼とお詫びの言葉~
カクヨムコンの読者選考期間の最後も最後に、突然、すみませんでした……っ!
今回のカクヨムコンでは、お読みくださった皆様に支えていただき、なんとか完結まで走り抜けることができました。
陛下とトリンティアの甘い話を! というリクエストもいただき、また作者の脳内でも、ウォルフレッドとトリンティアがいちゃらぶしだし……(笑)
急遽、本編直後のおまけを書かせていただきました。
ふたたび、いったん完結とさせていただきますが、もしかしたら、何かネタが降ってきたら、今後も少しおまけを書くことがあるかもしれません(時間はかかるかと思いますが……)
お読みくださった皆様、♡やコメント、☆やレビューをくださった皆様、本当にありがとうございました。
少しでもお楽しみいただけたのでしたら、作者としてこれ以上嬉しいことはありません。
このたびはお読みいただき、本当にありがとうございました~!(深々)
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