46 わがままなど、口に出せるわけがない
前触れもなく核心を突かれて、息が止まる。
心臓が凍りついたのではないかと、本気で疑った。
悲鳴を上げなかったのは奇跡に近い。
「メドニア伯爵がイレーヌを連れてきた辺りから、お前の様子がおかしい気がするのだが……。何か、心配事でもあるのか? あるのならば、隠さずに言え。善処しよう」
(でしたら……。もし他の『花の乙女』が陛下のおそばで咲き誇るようになっても……。目にも届かぬほどの片隅でよいのです。あなたのお姿が見られるところでお仕え続けることを、お許しいただけませんか?)
思わず口からこぼれそうになった願いを、意志を振り絞って
そんなわがままなど、口に出せるわけがない。
目頭が熱い。気を抜けばあふれそうになる涙を堪え、トリンティアは震える声を必死で紡いだ。
「お美しくて優雅なイレーヌ様を拝見して……。不安になってしまったのです。イルダ様が根気よくお教えくださいましたが、果たして私などがどこまで
嘘ではない。
ベラレス公爵のお茶会が不安なのも、自分が粗相をしないかということも、心配極まりない事柄だ。
ただ、それ以上に。
ウォルフレッドへの恋心を隠し通さねばと思い詰めているだけで。
どうか納得してくれますようにと、きりきりと胃が痛むのを感じながら念じていると。
不意に、ぎゅっとウォルフレッドの腕に力がこもった。
「大丈夫だ……。決して、お前を傷つけさせはせぬ」
力強い腕。頼もしい言葉。
けれども、いつになく固い声は、まるで自分に言い聞かせているようにも思えて。
「それほど、ベラレス公爵は手強い方でいらっしゃるのですか……?」
トリンティアにできることなど、イルダに教え込まれた作法をしっかりと守ることだけだが、心構えをしておくに越したことはない。
問うと、ウォルフレッドが渋面になった。
「もう一人の有力貴族であるゼンクール公爵のように、権力欲をあからさまに出す
低い声で語るウォルフレッドの表情は張り詰めていて厳しい。
「そのような方が、『天哮の儀』を目前にして、陛下をお招きに……」
これほど険しい顔のウォルフレッドは、初めて見る気がする。
『冷酷皇帝』として謁見に臨む際は、常に高圧的で何者も寄せつけぬ冷ややかさをたたえているが、それが演技であると、トリンティアはすでに知っている。
演じる必要のないトリンティアの前で、ウォルフレッドがこれほど厳しい表情を見せているということに、今更ながら、喉がひりつくような緊張に襲われる。しかも。
「陛下だけではなく、私もお招きいただくとは……。ベラレス公爵の意図は、どこにあるのでしょうか……?」
思わず不安をこぼすと、ウォルフレッドの眉がきつく寄った。
一瞬、碧い瞳が惑うように揺れ――、だが、仮面をつけるかのように巧みに隠される。
「わたしが初めて手に入れたという『花の乙女』がどのような者か、確認したいのだろう。不安に思うことはない。わたしもゲルヴィスもついておる。……お前には、指一本ふれさせん」
決意を秘めた硬質な声。
頼もしいはずの言葉は、しかし同時にウォルフレッドがどれほどベラレス公爵を警戒しているのか、言外に伝えていて。
トリンティアはただ、無言で頷くことしかできない。と。
「そう、不安そうな顔をせずともよい。ベラレス公爵の茶会を問題なく乗り越えられたら、他の貴族どもの誘いなど、他愛なく思えるようになるだろう」
話題を変えるように告げられた内容に、「え?」と目を見開く。
「ベラレス公爵以外の方からも、お茶会のお誘いが来ているのですか?」
いや、トリンティアが本当に聞きたいことはそれではなく……。
トリンティアの心を知ってか知らずか、ウォルフレッドがあっさり頷く。
「『天哮の儀』が近づいているからな。ふだんは領地にいる貴族達も、王都の別邸へ集まってきている。わたしを屋敷に招いて、個人的なつながりがあると吹聴したがる輩も増えることだろう。……むろん、それらの誘いを全て受ける気は、さらさらないがな」
「そ、そのお誘いに、私も同席させていただけると……?」
緊張に震える声で尋ねながら、胸を高鳴らせずにはいられない。
ウォルフレッドがもし、トリンティアを供として同行させる気なら……。
少なくとも、もうしばらくはウォルフレッドのそばにいられるということだ。だが。
「相手によるな。今回のベラレス公爵のように、『花の乙女』の同行を求める者は、さほどおるまい。わたしも、お前を無闇に公の場に出す気はないからな」
「は、い……」
今回も、ベラレス公爵が求めなければ、トリンティアを同行させる気など全くなかったと言いたげな苦い声に、トリンティアはかすれた声で頷く。
胸が痛い。
何を期待していたのだろう。多少、礼儀作法を身につけただけのトリンティアなど、誰が供としたいだろう。
やはり、凛々しいウォルフレッドの隣にふさわしいのは、トリンティアなどではなく、イレーヌのような見目麗しい『花の乙女』なのだ。
そう考えると、ウォルフレッドから伝わるあたたかさが、間もなく失われるものの大きさをつきつけられているようで、唇を噛みしめなくては涙がこぼれそうになる。
トリンティアの沈黙を、ウォルフレッドは緊張ゆえととってくれたのか、何も言わない。
しくしくと刺すように
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