40 皆、内心ではなんと不釣り合いなと嘲笑していたに違いない


「もちろんでございます! ご立派な陛下の隣に並び立つにふさわしい『花の乙女』を、このわたくしが探し出してまいりました! これで、みすぼらしい小娘などにちょうをお与えになる必要もなくなりましょう!」


 違う、と。ウォルフレッドはトリンティアなどに寵を与えたりしていない、と否定したいのに、凍りついたように唇が動かせない。


 口だけではない。またたき一つすら叶わず、呆然と見開いたままの視界に、ウォルフレッドに婉然えんぜんと微笑みかけるイレーヌの姿が映る。


 鉛でできた男性でもけてしまいそうな、あでやかで蠱惑的な笑み。


「陛下にお目通りが叶う日を待ちわびておりました。どうか、幾久いくひさしく可愛がってくださいませ」


 蜜よりも甘い声。たおやかな身体が、ウォルフレッドにしなだれかかる。


 銀の髪に碧い瞳の凛々しいウォルフレッドと、金の髪に緑の瞳の美しいイレーヌが寄り添うさまは、まるで名匠が手掛けた絵画のようだ。なんとお似合いの二人なのだろうと、見惚れずにいはいられない。


 イレーヌを見たことで、今までウォルフレッドのそばに侍っていた自分がどれほど不釣り合いだったのか、嫌でも自覚させられる。


 くすんだ茶色の髪に同じ茶色の目の、せっぽちでみすぼらしいトリンティアがウォルフレッドの隣にいたなんて……。


 見た者は皆、内心ではなんと不釣り合いなと嘲笑していたに違いない。『冷酷皇帝』が恐ろしくて、口に出して言う者がいなかっただけで。


 トリンティアのせいでウォルフレッドに迷惑をかけていたのだと思うと、申し訳なさに今すぐ土下座したくなる。


 先ほどから、胸が痛くてたまらない。


 昔、サディウム伯爵の折檻せっかんを受けていた時のように、身体を丸めて固く目を閉じ、何も感じないように世界を閉ざしてしまいたい。なのに。


 トリンティアの願いとは裏腹に、ウォルフレッドとイレーヌの二人から目が離せない。全身が耳になったように、呼気ひとつ聞き逃すまいとそばだてていると。


「右手以外にふれてよいと許可した覚えはないぞ?」


 冷ややかに告げたウォルフレッドが、イレーヌの細い肩を掴んで、ぐいと押し戻す。イレーヌがきょとんと目をまたたいた。


「メドニア伯爵。おぬしからの献上品、確かに受け取った。……が、ついでに聞いておこう。いったい、どこで『花の乙女』を見つけてきた?」


 ウォルフレッドが放つ刃のような威圧に、メドニア伯爵があえぐように口を開閉させる。


「そ、それはもちろん、陛下の御為に、ほうぼうに手を尽くしまして……!」


「ほう?」

 ウォルフレッドが形良い眉を上げる。


「それは興味深い話だな。先の内乱で『花の乙女』達は全員、前皇帝の皇子達に独占され、皇子達が戦死した際には、運命を共にし、生き残った者は皆無、と……。わたしが皇帝となり、『花の乙女』を求めた時、お前達は口をそろえてそう言ったはずだが? 皇帝であるわたしがどれほど探し求めても見つけられなかった『花の乙女』を見つけて連れてくるとは……。おぬしは探し物の名人のようだな? ――いや、「隠し事」が正しいか?」


 ウォルフレッドが唇を吊り上げる。

 笑んでいるはずなのに、狼が牙をき出しているようにしか見えない。


 顔面を蒼白にしてぶるぶる震えるメドニア伯爵は、あうあうと言葉にならぬ声を洩らすばかりだ。


 その様子に小さく鼻を鳴らし、ウォルフレッドはセレウスを振り返る。


「セレウス。せっかくの貴重な献上品だ。メドニア伯爵から、来歴を聞いておけ。じっくり、ゆっくりとな。それまで、これはお前に預けておく」


 とん、とウォルフレッドが掴んでいたイレーヌの肩を押す。よろめいたイレーヌの腕をとったのはセレウスだった。


「かしこまりました。わたくしが責任をもってお預かりいたします」


「え……?」


 イレーヌが何を言われたのかわからぬと、呆然とした声を出す。かと思うと、慌てふためいて口を開いた。


「お、お待ちくださいませ、陛下! わたくしを要らぬとおっしゃるのですか!? おそばに置いてくださらぬと!?」


 イレーヌが悲愴な顔でウォルフレッドにすがろうと身を乗り出すが、腕を掴んだセレウスの手は放れない。


「何か勘違かんちがいをしているようだが」


 ウォルフレッドは、冷ややかな視線をイレーヌに向ける。


「わたしは、お前が欲しいなどと、一言とて口にしておらぬぞ? わたしの『花の乙女』はすでにいる。ならば、毒があるやも知れぬ花にあえて手を出す必要などなかろう?」


「わ、わ……っ」


 紅をひいたイレーヌの唇がわななく。顔立ちが美しい分、憤怒の表情は、ひび割れた鏡に映ったかのように歪んで見えた。


「わたくしを毒草とおっしゃるのですか!? このわたくしが、そこのみすぼらしい娘などに劣ると!?」


「みすぼらしい?」


 ひやり、と。

 怒気をはらんだ声に、空気が凍りつく。


「先ほど、メドニア伯爵も同じ事を言ったな? 花がみすぼらしいと。それは、わたしに対する侮辱ととってよいな?」


「ひぃ……っ」


 ウォルフレッドの怒りを目の当たりにしたイレーヌが押し殺した悲鳴を上げ、糸が切れた操り人形のように座り込む。


 怯えるイレーヌを一顧だにせず、ウォルフレッドが身を翻す。後ろで控えていたトリンティアの前へ歩み寄り、無言で見下ろす端正な面輪を、トリンティアはぼんやりと見上げた。


「立て」


 短く命じられるが、えたように足に力が入らない。


 困り果て、泣きたい気持ちで見上げていると、ウォルフレッドが身を屈め、いつものように横抱きに抱え上げた。


「供は要らぬ」


 振り返ることなく一方的に告げたウォルフレッドが、悠然と歩を進める。引き止める者は誰もいない。


 無言で歩むウォルフレッドに抱かれながら、トリンティアは混乱の極みに陥っていた。


 いったい何が起こっているのだろう。思考がふわふわと定まらない。


 扉が開く音で、はっと我に返る。いつの間にか、ウォルフレッドの私室に着いていた。


「あ、あの……。よろしいのですか?」


 夢見心地のまま、それでも不安をぬぐえず問うと、「何がだ?」と不思議そうに返された。


 あまりにあっさりした返事に、逆に戸惑う。


「イ、イレーヌ様です! 『花の乙女』でいらっしゃったのでしょう? それなのに、セレウス様に預けてしまわれて……。よろしかったのですか?」

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