3 身体の中から腐っていくかのような、痛み
「ひぃぃっ」
蒼白な顔でのけぞった使者が悲鳴を上げる。腰も立たぬ様子でがくがくと震える使者を冷ややかに
「おぬしの面相では、一緒に贈られる花のほうが気の毒だな。首だけでは、公爵への伝言も伝えられぬしな」
「さ、左様でございます!」
首がつながる望みを見出した使者が、壊れた人形のようにこくこく頷く。頭の中では、これまでにウォルフレッドが首を斬った貴族達の顔と名前が目まぐるしく巡っているに違いない。
「わたくしめにお任せいただけましたら、陛下の御言葉を一言も
己の首がかかった使者が必死に熱弁を振るう。
ウォルフレッドは期待を持たせるように、ゆっくりと頷いた。
「そうか。それは頼もしいことだ。では、ゼンクール公爵に伝えてもらおうか。『天哮の儀』でまみえることをわたしも楽しみにしている、と」
公爵はこれを聞いてどう考えるだろうか。
『冷酷皇帝』といえど、ゼンクール公爵家の権威の前には譲歩せざるをえなかったのだと
何か画策しているのなら、せいぜい早くに尻尾を出してくれればよい。
無言で
「下がってよい」
と玉座の脇に
冷酷皇帝の機嫌が変わらぬうちに逃げ出そうと言わんばかりに、使者が礼を失さぬぎりぎりの素早さでそそくさと退出する。
扉の外に控える衛兵が、重々しい扉を締め切ったのを見届けてから、ウォルフレッドは玉座に右ひじをつき、深く息を吐き出した。
奥歯を噛みしめ、吐いた息は荒い。こめかみの痛みは、耐えがたいほどになっている。背中にじわりと嫌な汗がにじんでいるのが、ふれずともわかる。
「かなりお加減が悪いようですね」
今までずっと黙していたセレウスが静かに口を開く。
「苛立った様を演じるのにはちょうどよいがな」
ウォルフレッドは唇を吊り上げてうそぶいた。
日に日に痛みが増してきている気がする。今では、気を張っていなくては、謁見の最中でさえ、気を抜いた拍子に痛みに呻きそうになるほどだ。
「……『花の乙女』の行方は?」
答えを知りつつ、
「申し訳ございません。手を尽くして探してはいるのですが……」
「まさか、お前の手腕をもってしても、一人として見つからんとはな。貴族どもはよほど奥深くに『花の乙女』達を
嘆息まじりに呟いたウォルフレッドに、セレウスが生真面目な声で応じる。
「実際、その通りなのでしょう。
「あー、確かに、アレを一度、見ちまったらなぁ。俺が敵だったら、俺だって何があろうと陛下が『花の乙女』を手に入れるのを阻止するだろうなぁ」
丸太のようながっしりした腕を組んだゲルヴィスが、妙にしみじみした口調で何度も頷く。
「銀狼国一の武勇を誇るお前でもそう思うのか?」
本心から言っているのなら喜ばしいが、ゲルヴィスはよくふざけて軽口を叩くので、うかつに信じられない。
「いや、俺も人間相手ならそうそう引けを取る気はないんすけどね? さすがに人の知恵を持った獣の相手はご遠慮したいっすよ」
ここに余人がいれば「なんと不敬な!」と即座に叱責が飛ぶところだが、広い謁見の間にいるのは、三人だけだ。ゲルヴィスの言葉を
「今日の謁見はこれで終わりだったな?」
「左様でございます。目をお通しいただきたい文書は、陛下の私室へ運ばせていただいております」
セレウスが淡々と頷く。
「手回しのよいことだ。その調子で、一刻も早く『花の乙女』を見つけてほしいものだな。いや、乙女自身でなくともよい。『乙女の涙』だけでも手に入れられれば……」
「全力を尽くします」
恭しく一礼するセレウスに視線を向けもせず、ウォルフレッドは玉座から立ち上がる。
動いた拍子にひときわ強く頭が痛み、思わず押し殺した呻きを洩らした。ゲルヴィスの太い眉が心配そうに寄る。
「ひどい顔色っすよ? 少し休まれたほうがいいんじゃないっすか?」
「休んでいる暇などなかろう?」
「おっしゃる通りでございます」
セレウスが間髪入れずに頷く。
「人材が揃っておらず、治世が安定せぬ今は、陛下にお休みいただく
「だ、そうだ」
あえておどけるように肩をすくめる。
「休む間もなく馬車馬のように働けというのが、
「しっかし……。倒れちゃ元も子もないでしょう? 弱みを見せた途端、反旗を翻して喉笛に
ゲルヴィスが顔をしかめたままこぼす。
「倒れんさ」
刃を振るうように、きっぱりと断言する。
「
ウォルフレッドの顔を見たゲルヴィスが、は――っ、と身体中の息を振り絞るかのように嘆息する。
「わかった。わかりましたよ。ったく、そんな顔をしている時の陛下は、他人の言うことなんざ聞きゃあしないのはよぉく知ってますからね。ま、でも」
不意に、ゲルヴィスが
「どうしても眠りたい時は、俺に言ってください。一撃喰らわせてでも、無理やり眠らせてさしあげますから」
「その際は、見えるところに傷を残すのは避けてくださいね」
セレウスがさらっと人でなしなことを言う。
「……お前たちの忠心には涙が出るな」
苦笑をこぼし、ウォルフレッドは私室へ戻るべく歩を進めた。
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