2 冷酷皇帝は使者とまみえる
「――つまり、ゼンクール公爵は、わたしの即位を認める気はない、と?」
ウォルフレッドが口を開いた瞬間、ひやり、と
「めっ、滅相もございませんっ!」
泡を食った使者が、ひび割れた声を張り上げ、大理石の床に頭をこすりつけんばかりに平伏する。
「左様なことは決して……っ! ただ、公爵は老齢で病を得ておりまして……っ。王都へ参ることが難しい身。
謁見の間の幾何学模様を描く大理石の床の上で、そこだけ一足早く真冬が来たようにぶるぶる震える使者を、ウォルフレッドは高い玉座の上から無感動に見下ろした。
ウォルフレッドが銀狼国の皇帝として即位してからの約半年、老齢と病を理由に
ウォルフレッドの意に沿わぬことで、ゼンクール公爵家は新皇帝の即位を認めているわけではないと、内外に知らしめたいのだろう。
ゼンクール公爵の末娘は前皇帝の側室となり、第四皇子・レイフェルドを生んでいる。
前皇帝の寵愛も深く、公爵の強力な後押しもあったため、場合によっては上の皇子達を飛び越えて、皇位を継ぐかもしれないと言われていた青年だ。
つつがなくことが進んでいれば、新皇帝として孫が即位し、皇帝の祖父として権力を振るえるところだったゼンクール公爵にしてみれば、ウォルフレッドに膝を屈し、忠誠を誓うことは、屈辱以外の何物でもあるまい。
(レイフェルドは戦の最中、傷を負って谷へ落ち、そのまま行方不明となっているのだったな……)
公爵にしてみれば、レイフェルドが生死不明ということも、野望を諦めきれぬ原因のひとつなのだろう。
皇帝としての強権を発動して、ゼンクール公爵を領地から王都へ、無理やり呼び寄せることは不可能ではない。だが。
ウォルフレッドは黙したまま、素早く思考を巡らせる。
銀狼国で一二を争う勢力を持つゼンクール公爵に、新皇帝への忠誠を誓わせることで、ウォルフレッドに迎合する有象無象の貴族達と、逆に敵意を募らせるであろう勢力。それによって生まれる
ずくり、と右のこめかみが
ちっ、と鋭く舌打ちすると、平伏する使者の背が、
頭を万力で締め上げられるような痛みは、ますます強まるばかりだ。同時に、内臓から腐っていくかのような鈍い痛みが、全身を冒していく。
(……手が、足りんな)
奥歯を噛みしめて痛みをこらえながら、ウォルフレッドは内心で嘆息する。
王都は今、約半月後に控えた『
『天哮の儀』とは、銀狼の血を引く皇帝が狼と化して声高く天へ
ウォルフレッドの即位後、初めて行われる『天哮の儀』は、新皇帝としての権威を王都へ集まる貴族達に知らしめす最たる機会であり、単なる伝統儀式以上の意味がある。
今後の治世を安定させるためにも、決して失敗は許されない。
『天哮の儀』の際には、公爵も参内するという使者の言葉を信じるのならば、今はゼンクール公爵ひとりに労力を割くよりも、儀式を成功させるために全力を注ぐべきだ。
そもそも、ウォルフレッドに忠誠を誓っていない大貴族はゼンクール公爵だけではない。
ゼンクール公爵に並ぶ大貴族、ベラレス公爵もまた、老齢と病を理由に屋敷に引っ込んだままだ。だが、表舞台に出てきておらずとも、いまだ隠然たる勢力を保持しているのは他の貴族達の動きを見れば明らかだ。
ゼンクール公爵にかかずらっている間に、ベラレス公爵に背後を襲われてはたまらない。
ウォルフレッドは心中で吐息すると口を開いた。
「わざわざ使者を遣わしたゼンクール公爵には、返礼をせねばならんな」
使者がおずおずと顔を上げる。
刺すようなこめかみの痛みへの
「おぬしの首を斬って、花と一緒に贈るというのはどうだ?」
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