七十六話――面談待っていると……


「あ、あの」


「?」


「お隣、いいですか?」


 そうこう無駄で無意味な時間経過をシオンなりに静かに大人しく結構楽しんで待っていると突然声がかけられた。若い女性の声。若干どころかかなり緊張した声色。なので、シオンは瞑目をといてちら、と声が聞こえてきた場所を見た。思った通り女性がいた。


 過度の緊張で吐きそうな青白い顔をしているが、こういうのを可憐だ、とか定義するのだろうなぁ、なんてシオンは思った。金髪に緑の目。パデアよりも幼い雰囲気なのだが、クィースたちとそう変わらないような歳の頃。ここにいる、ということは面談者。


 つまり、過緊張で吐きそうな顔をしているのは面談に際し、ドキドキバクバクと心臓が早鐘を打ちまくりすぎているから、かな? などと分析していると相手がもう一度、聞こえていたかの確認も兼ねて同じ質問を寄越した。シオンにとってどうでもいいこと。


「隣、大丈夫ですか?」


「好きにせよ」


「あ、あ、あの、はい」


 素っ気ないシオンの答に相手は失敗を悔いるような表情となっている。遅い。


 見た目だけでもう、すでに近寄り難い雰囲気を大放出しているシオンなのに、どうして声をかけて返答をえるまで気づけなかったのやら。鈍いわけでもなさそうだが……。


「あの、何学年に編入希望ですか?」


「高等科二学年」


「あ、じゃ、じゃあ同じですね。えっと、私こういう者です。よろしくお願いします」


「ん」


 短く、一音で返事をしたシオンは相手の女性から手帳を預かり、自分の手帳を貸した。


 んで、同時に開いて相手の名を確認。勇敢にもシオンに声をかけて隣に落ち着いている女性はイジャベラ・トトリカ。出身国はシオンの知らない国。エリディスト共和国とかいうところだそうだが、フォナと違い、ナシェル語はしっかりとした発音。訛りもない。


 シオンと同じ二学年に編入希望らしいが、雰囲気はしっかり者然とあり、ヒュリアにどちらかというと似ている。間違ってもクィース寄りではない。……失礼な御方です。


 まあ、シオンが失礼を美味しいのか? と思っているかどうかはもう確認するまでもないのだが。どぉー考えても無礼失礼失敬ナニソレ呪文? とか、どうでもいい、と言いだすのは火を見るよりも明らかなのだ。むしろ不要説法などしようものなら殴られる。


 こっちの殴打説もかなり濃厚なアレなのでまわりは胃がキリキリしてしまう、というもの。ハイザークソじじいを得意先に持つまでにも欧州圏ではマフィアなどのボスやその補佐にボディーガードへも遠慮なく暴言しまくっていたくらいだ。へっちゃらなのさ。


 まわりへの迷惑度合からしたらナフルージェと大差ない気がするも、彼女とナフルージェは明確に違う。相応の実力があるからこその余裕で暴言パーラダイスしているのだ。


 ……誰ひとりとして歓迎することない楽園を楽しむでもなく満喫しているシオンさん。大物で王者としての威厳を携えている。怖いもの知らずなだけだけど。


「謎だ」


「え?」


「なぜ待ち時間潰しであり、貴重な緊張ほぐしの時間に私の隣を希望したか、トトリカ」


 シオンのわりと普通な問いにイジャベラは少し言いにくそうにしたが、シオンの目に負けて口を開いた。声には若干申し訳なさが浮かんで滲んで沁みている。


「えあの、その、この場所で一番緊張していなさそうで、大人っぽくてその……」


「私は鎮静剤ではない」


「はい。あの、ごめんなさい」


 素直に謝罪したイジャベラにシオンはまばたきひとつ返し、気にはしていない旨を伝えたつもりでそのままたしかにイジャベラが言うようにこの場、面談待機の場で一番落ち着いているシオンは緊張がいい意味で皆無。なので、イジャベラの行動は理解できる。


 落ち着いているひとのそばで空気をわけてもらう。そして、自分も落ち着いて……。


「あの、ツキミヤさんはどこから? その髪色って東方系ですよね? ……あれ、でも、目の色はこの辺のひとに近いですし、ご両親のどちらかが東方国出身ですか?」


「気になるのか?」


「あぅ、いえ、あの話題を、と思って」


「要らん気をまわすな。それでなくとも吐きそうな顔色だというのに。余計な世話だ」


「うぅ……」


「……己はなぜこの学校を受ける? 祖国にまともな学校がない、ということか?」


「へ?」


「話をして緊張をほぐしたいのではないのか? 己がいやでなければ付き合おう」


「あ、ありがとうございますっ! ぜひ!」


「うむ。で?」


 シオンには珍しく気遣っている。これがウッペの衆に知られたら明日はなにが降ってくるかわからないとか、もしくは本日中に大事件が起こるかも、と不名誉な予報を受ける。


 まあ、先んじて要らんお世話、と言って落ち込ませてしまったことへの反省も兼ねているのだが、それが他者に露見することはない。シオンの中だけの法に従っての言動だ。


 イジャベラはそうとは知らないが気遣いにありがたく乗ることにし、シオンにちょっと愚痴が混ざったお国事情、というのを教えてこのナシェンウィル中央国最難関の学校を受けんとするわけを教えてくれた。そこには複雑な人種差別事情が絡んでいた。


「私の祖国エリディスト共和国は色に過剰な信仰心を持っている、戒律の厳しい国なんです。だから、私は祖国でひとと見てもらえません。赤い髪で青い瞳。これが人間で、もうそれがすっごくいやで……。初等科と中等科、高等科の一年までは耐えました」


「色とりどりの方が楽しそうだがな」


「ですよね!? 私、あの、中等科では電子新聞のコラム書いて、高等科では短期就労アルバイトして生活の頭金と旅費だけはつくったんですが、この中央校に入るのに学費を祖父母へ無理言ってだしてもらえる約束をしたんです。だから、絶対受からないとって構えて」


「無駄な注力だ、それは」


「で、でもっ」


「ひとなど、風が吹いただけで死ぬ時は死ぬのだ。なれば自分らしく在れ。その方がよほどよく生きていけ、断然気楽だ。肩の力を抜け、トトリカ。気持ちの入れどころが違う」


「ツキミヤさん」


は要らぬ。シオンでいい」


「え? でも、あの失礼ながら歳は……?」


「十五だ。老け面で悪かったな」


「あの、そんなこと一言も……。ただ、異様にしっかりしているので上かと思っただけ」


 そう。たかだか面談前の話題で命がどうこうだとか、よい在り方だの、果ては死ぬ時は呆気なく死ぬのだと説けるシオンは歳上っぽいし、達観しすぎていて大人っぽい。


 なので、イジャベラも勘違い。シオンが手帳に見た彼女の生まれ年はクィースたちと同じだったので自分よりふたつ上の彼女に敬語を使われたり、敬称をつけられるのはこそばゆいのだ。なので、呼び捨てで好きなように呼んでいい、と言っておく。


 かしこまられるなどとシオンの性にあわないし、気を遣うのも性格や性質と違う。


 ぶっちゃけキモい、と思っているくらいにはシオンというひとの本質は自他共に気遣わないという形態スタイルを重んじている。礼儀作法を鷹に耳タコくらい叩き込まれたが、本人知らん聞いていない夢や幻でも説教か? と言って無礼に躱していた。


 怒られたが、それすらも無視した。


 ……アレが、あの日々が、戦国での輝かしい毎日が今戻ってくれたら、と思わないでもないがないものねだりに相違ないのでしない。どんなに懐かしみ、胸焦がしても戻らないものは取り戻せない。そういうふうに世界とはできている。うまいこと、できている。


 悔いてから気づかされる。その連続。気づいてから悔いる。繰り返しで日々はつくられていて、その日の忘れ物は過去に横たわっている。シオンの後悔は永遠に取り返しがつかない事象なので、どうすることも、悔いることすらもできない。許されないように。


 悪魔には人間的権利などない。ゴミでしかないので、道具で、ガラクタ以下だと罵られたシオンは自分を肯定できない。だが、イジャベラのこの感じからして祖国から人間じゃないと否定されても折れていない精神メンタルはきっと強固だ。……なんとなく受かりそう。


 シオンがなんとなくイジャベラの精神の頑丈さを考えているとイジャベラが少しもじもじしてからシオンのことを見上げ、もそっと、呟くように確認してきた。


「じゃ、じゃあ、シオン」


「うむ」


「あの、シオンの夢は?」


「ない」


 即答でした。シェトゥマに保健室でしたのと同じように将来に希望なしを教えた。すると、イジャベラが信じられない、という顔をした。これだけで察せる。彼女には将来の夢がある。希望を抱えてこの大都会にある最難関校へ編入受験しに来たのだ。


「奨学金をもらう算段にしても宛がないと貸してもらえないよ? ええっと、その」


「ん。そこの辺りは編入できてから考える」


 おいおい。と思ったのはイジャベラだけではない。面談会場である第二会議室前でそれぞれに緊張し、ガチガチになっている者が全員固まったのが手に取るようにわかってシオンははてな、である。うむ。相変わらず一般常識からお離れになられている御人だ。


 なのでか、緊張していないのはなんとでもなる、との余裕の表れと取られた模様。


 一部の女子にジトっとした目で睨まれ、男子たちは、といえばシオンの余裕ぶっこきまくりを咎めようとしかけてそのあまりにも眩しい美貌に硬直してしまっている。これがさらに女子の嫉妬を買っているのだが、シオンは雑音やモザイクは無視するひとだ。


 だって、構うのが面倒臭い。てか、どうでもよすぎる。それよりは自分のことでもしておけボケ、とか考えちゃうくらいシオンは気負うものがない。受かれば儲け、程度に。


 まあ、受からなかったらナフルージェがうるさそうだが、その時はヒュリアに知恵を借りて月謝制にして教えてやればいい。それで黙らせられる。多分おそらくきっと。


 なので、シオンは廊下中のありえねえ、という視線の放射を完無視。むしろ、羨ましいとすら思っていた。だって、つまり将来に夢を抱ける、ということなのだから。


 シオンには許されない未来がある。価値のある命だと言ってもらっているのだ。それだけで幸福なことなのに、なにを欲張るのか、とすら思っていた。生きていていい、と誰かに望まれてそこに在れるのだ。羨ましい限り。とても、羨ましい……だが、望まない。


 望んではならない、と言われた以上に望むことで犠牲にしてしまうものを慮って……。


 それがたかがものならばまだいいが、者だった場合、シオンは自分が後悔するとわかり切っている。だから望みたくない。望んではいけない。高くも低くもなにもかも。


 望まなくともひとはなにかを犠牲にしてを生きている生き物だ。食材然り、他の生物然り、人間然り……。なにかを質に入れねばなにひとつえられないように構成プログラムされているのではないか、と思うほどに。幸福と不幸は面白く廻り廻ってまわり続ける。


「シオン、すごい肝が据わっているって言われない? もしくは剛胆だとか、さ」


「さあ? 密やかに言われていたかもしれぬな。表出させた場合、程度で制裁するし」


「え?」


「だってむかつくだろ?」


 なに言ってんのこのひとー? なーんてそれこそ制裁されそうな思考が会議室前に満ちるが、シオン当人は一切気にせず悠然と構えている。と、不意にシオンが顔をあげた。


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