七十五話――無駄圧かけられつつ


 このことが教師陣の同情を買っているんじゃね? とナフルージェに言われたが、お前にだけは言われたくねえ、とその時は大喧嘩になった。ただ、ナフルージェは実家の祖父から影響を受けて考古学を専攻しているので、頭は悪くない。よって口が達者。


 これはあまりいい組みあわせではない。バカと天才は紙一重とか言うが、ナフルージェのは混ざっている。バカと阿呆と天才がいい塩梅に混ざっちゃっているので厄介。


 たまに教師陣も口論負けするくらいには口が立つので傍迷惑極まりない阿呆街道まっしぐらしていらっしゃるので。こう見えて一応まともな就職を望んでいるようだが。


 本人談によると、考古学の研究者たちが詰める施設に入所希望らしい。ただ、それには危険にもぐる必要性もあり、武術科の評価がいる。ナフルージェが希望している研究所は特に武術科に厳しく、優良者、もしくは性格がよければ良でも可だとか。


 だというのに、ザラがシオンに話した通り彼女もバウクの授業を取ったばかりに苦痛だけ受けて最終成績は不可、つまり落第だった、と話にというか愚痴を聞かされた。


 なので、その暴行講師がぶん殴られて行方不明な上、やったのが絶世の美女とあってはナフルージェは狂喜乱舞して喜びまくれる、というものだ。実際も鼻唄ものだったし。


 わかる。わかってあげるからどうかこれ以上シオンに絡むな。元々うるさいの嫌いなひとなのだ。これ以上は本当にバウクなど目でないほどの一撃が極まりかねない。


 ああ、そうなったらどうしよう。姉としてはともかく女として可哀想だ。いつも振りまわされて迷惑こうむっているのでちょいと痛い目に遭ってくれ、と望んじゃいるが、シオンのは即死級に危ないので一応止める。……お義理成分がないでもないが。


 姉を女と見るか、と訊かれると答に困る。だって気の置けない家族だ。が、家族である以上にナフルージェへ気を遣っていては精神をやられちまう。病んじまう。


 それくらいザラはナフルージェの珍動に心から迷惑こうむり困り果てているから。


「創科手続きの用紙なんかは私たちで用意しておいてあげるから面談頑張ってね?」


「おい、プレッシャーをかけてやんな」


 マジで。創科の準備整えていてあげるって絶対合格せい、っちゅーことだもんね。なので、ザラの突っ込みは妥当。なのに、ナフルージェは「なにを言っている?」みたいな顔で首を傾げている。ヤバい。本格的に阿呆なぶっ壊れ街道まっしぐらしまくりだ。


 だが、弟に「こいつ、研きかけてヤバい」とか思われているのを察しても特に思うことがない様子のナフルージェはパデアを連れて職員室の方へ向かっていく。引き替え、こちらは面談がある第二会議室へと向かう。その道すがらザラはシオンに謝罪。


何故なにゆえ己が謝るか」


「いや、アレ、身内だしな」


「関係なかろう。アレはアレ。己は己だ」


「や、けどよ……」


「第一、上が下を気にかけるならばまだしも己はひとつといえ下なのだ。気にするな」


 なんでもないことのように言うシオンにザラがちょっと感動したのは内緒。今まで幾度となく姉のおバカーんを代わりに謝罪しまくっていただけにひっくり返してくれたシオンに心から感謝。もう、それこそ幼児の頃から謝罪役を担わされてきたので。ええ、はい。


 だから、シオンの自然とでてきた気にするな、との一言に感激すらしていた。ああ、今までの労苦が報われる日が来るとは、報ってくれるようなことを言ってくれるひとが現われるとは思わなかったので、姉が嫁ぐまでは謝罪地獄だと思っていただけに。


 なーんて、ザラがザラの中で至上の喜びをじっくり噛んでいる間に一行は三階へあがって、ヒュリアを先頭に第二会議室のある廊下までやってきた。先にはいかにも厳格そうな男性教員の横顔が遠く見える。整った顔だが、顔面温度はシオンといい勝負だ。


「うぁ、エバネレト先生だ」


「む?」


「ああ、トレジ・エバネレト先生。普通生物科竜生態学を教えているひとで変人だとかいろいろ噂はあるけど、竜のことにすごく詳しくて若くても学会で顔が利くほどの方よ」


「取っているのか?」


「あ、あはは、いくら私でも竜生態学はちょっとついていけないくらい難度が高いわ」


「ふむ。ドジが呻くわけだ。聡明な教員とシーレイ曰く赤点祭ドンケツ? はあわぬ」


「むぅー、うっしゃいなぁ。どうせ誰ひとりとして取っているひといない科目だもんっ」


 クィースがむくれてシオンに訴えた。と、同時にそのトレジとかいう教員がこちらを、正確にはシオンに気づいて目をこれでもか、と見開き、かなりのびっくりを表明。


 クィースのある意味暴言を聞き咎めてこちらへ向いたのだと思われるが、シオンを見てクィースを注意する気が全部吹っ飛んだようで、シオンのことを穴が開きそうなほど見つめている。あまりの衝撃的視覚情報を処理し切れない、とばかりに。


 ――どうせ醜女ブスだ。ほっとけ。


 などと、シオンが心の中で悪態をつく。なのに、心の中でだけであった筈なのにトレジは急にハッとして目を細め、まるで眩しく、愛おしい者を見るようにシオンを一瞬。面談者のバッチを見咎めでもしたのか「こちらへ来い」と、ばかりに手招きしてきた。


 シオンは三人がついてこないか、一秒ばかり心配したが誰もシオンに過度な干渉をする気がない。シオンがいやがるというのをもうすでに熟知しているので「いってこい」と言うよう、まるで自分たちは各々のやることをしてくる、というように動いていった。


 クィースはヒュリアと連れ立って芸術棟、と矢印マークがあるぶらさげ標識に従って歩いていった。ザラは快活に笑って「ナージェが異常な以上おバカしないよう見てくる」などと言って去っていった。よって、シオンはひとり廊下に残された。


「面談番号札を」


「これに」


「確認した。待っていろ。二組目に呼ぶ」


 取り残されたシオンは廊下で突っ立っているのもなんなので三人が聡明で名の通っていると言っていたトレジの下へゆき、言われるままに面談の際に必要な番号札を確認してもらった。待っていろ、と冷たく言うわりに声は柔らかで優しい。……イミフ。


 まあ、待っていろ、と言われるなら別にいくらでも待っているが、ということでシオンは適当に陽当たりのよい大きな窓のそばへいき、近くの壁にまたもや昨日同様もたれるかどうかのかなりきつい体勢で落ち着き、面談開始まで時間経過を持て余すことにした。


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