七十四話――笑えぬ時ほど笑み湛えよ
「なにか。なにを落ち込んでいるか」
「え?」
「昨日らしくない、とでもいうのか。とにかくイミフだ、ドジ。どうせなら笑っていろ」
うむ。暴言が混じってしまうのはもう諦めているが、不意討ちでこられるとグサッとクるな、なーんてクィースが考える。自分にだって笑っていられないことくらい、時くらいあるのになぁ、と思えども、シオンの中のクィースは常に笑っているらしい。
……いや、それはちょっと気持ち悪いな。とか、変なことをまた考えているとシオンが意外な、彼女の淡白さからは想像が難いことを言ってきた。度肝を抜かれることを。
「笑えぬ時ほど笑え」
「ほへ?」
「辛く苦しく悲しい時ほど笑っていろ。そうすれば自ずと様々ことがうまくいくように世の中はなっているらしい。私の能面はもう固まっていて不可能だが、できる者は、笑うことができる者は笑っているべきだ。それだけでまわりも幸福になる、から……」
幸福。たったの一言だったのにシオンが言う幸福は異様に重いような気がする。
彼女は今までどれほどの不条理に遭ってきたのだろう。そのせいで能面になった、と捉えていいのだろうが、それでも不条理で不幸がすぎると笑みひとつ零すことも叶わないのだと教えられてクィースは自分がまだ恵まれている方なのだということを再認識した。
きっと、シオンは自分と比べられないくらいの不幸と不条理、不遇と悲しみを背負って今まで生きてきた。だから笑わない。笑えない。努力しなかったわけでもなく、それなのに笑えないから笑える者に笑ってもらうしかない。と、いう認識が悲しい。
どうして彼女はこうなったのだろう。そればかりが頭を廻る。悲しいことに。
だが、悲しいのならば笑え、と言われたばかりなのでクィースはにへ、っと気の抜けた笑みを見せる。シオンはなにも反応しない。いや、瞳に憧れと眩しきを見る色がある。
「無理にとは」
「無理じゃないない。あたし、そうだね。らしくなかったよ。むしろありがとうだね」
イミフ。シオンの瞳に得意の単語が揺れているのが見えてクィースはもうひとつ笑っておく。本当に素直で正直なひとだ。ここまでくると感動する、というもの。他のひとに比べて見つけにくいのが難点だが、それでも瞳をよくよく観察していれば知れる。
初見では冷たくて感情のないひと、と思ったが一日で思い込みは消えた。無垢。まさにこれそのもののような女の子だ。……まあ、なんだ、ちょいと、毒舌がきついけど。
それ以外は本当に完璧女子っていたんだ~、と感心してしまったほど家事もそつなくこなすし、よく気がつき、本心は優しい可愛いコだ。本人に面と向かっては言わない。
そんなことしようものならなにが起こるかわからない。自分よりも弱い者にあたったりだとかはないだろうが、機嫌を損ねたら次の食事になにをだしてくるやら、だ。
生憎、腐ったもの以外大丈夫、なんてひとは珍しいので苦手な食材や調味料、香辛料、薬味などあるものだ。ない、と言い切るシオンはある意味大人だが、当人が言うには「食えるものを選り好みしていては自分が世の中から選りわけられ、のけられる」らしい。
すごい究極論をだしてくる、このひと。と思ったものの、あながち間違いでもないのでちょーっとだけ性質が悪い。選っていては選られる。これぞ究極淘汰の形。
が、この世の真理か? と思ってしまうほど達観した考え方だし、正しくうつる。
だってそう、好きなことばかりで生きていけないのと同じこと。同じだけ嫌いなことや苦手なことをこなさなければ世界は扉を開いてくれない。わかるからこそ性質悪いなどと考えてしまうのだが、シオンは素で言っているので余計に百億倍くらい性質悪い。
いやはや、世の中を知らないようでよーくよくよく知っている。やや、いやになるくらいには耳に痛い言葉を言い放ってこられるので、つまりそういうことなのだ。
世間知らずのフリをしているのに世界をとてもよく知っている。フリ、をしているのではなくそううつるだけなのかもしれない。いっそのことそうであってほしい。じゃないとあまりにもアレすぎて泣けてくる。あ、悲しいって意味じゃありませんヨ?
「シオン、編入冊子確認しましょうか?」
「ペンで書いたのでどうせ修正できぬ」
「ああ、消すやつ持ってきているわよ?」
「どちらにせよこれが私なりの仕上がり」
だから余計なお世話。とでも続きそうな言葉には棘があるでもないので、本当に鬱陶しいとは思っていない様子。……ただ、絡んでくるナフルージェには加減しつつも容赦ないエルボーを喰らわせている。なのに、怯まないナフルージェ、はザラが止める。
これ以上は容赦どころか加減すら吹っ飛ばしかねないくらいシオンが苛立っている、と彼女の瞳にいらり成分を見て。むしろよく耐えてくれていた方だろうなー、とすら思ったりしていた。ナフルージェの狂いっぷりは学内で一だ。不名誉なのに本人は気にせず。
なので、弟のザラに「お前の姉はもうちょっとどうにかならないのか?」ととばっちりの上、流れ弾の説教があったりする。それもしばしば、なんてものでなく頻繁に。
こうなってくるとザラもグレるのを通り越して「すんません。ごめんなさいうちのバカ姉が」と平謝りするしかない。すると、教師陣も「お前も苦労しているんだな」となる。
普通はグレるものだ。半グレして「姉なんて関係ねえ!」とか言うものだが、ザラはもうなんだ? 悟りの道を開いている。なにしろ生まれてからずぅーっと振りまわされているのだ。そりゃあ耐性もつくし、グレている場合じゃないのも悟っている。
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