七十七話――面談試験開始


「一から四の者、入れ」


 なんだ今度は、とちょい弛緩しかかっていた会議室前の空気を切り裂く声。厳格そのものという声が番号でひとを呼んだ。この声にシオンを除いてほぼ全員が飛びあがって驚いたりしたが呼んだひとはそんな者らを無視して呼んだ者が寄ってくるのを待っている。


 先ほど、シオンが見たあの男性教員、たしかトレジ・エバネレト。誰ひとり取っていない科目、竜生態学を教えているというひとだ。しばらく場は硬直していたが、やがてひとり、またひとりと受験者たちが挙手してトレジの前に集まりはじめる。


 四人揃ったのを確認してトレジが場所を譲り、受験者たちを中に入れて扉を静かに閉めた音が異様に響いて聞こえたのは彼が醸しだしている独特の威厳だろう。


 まるで、絶対者。絶対強者が如き雰囲気が五臓六腑を鷲掴みにし、引き抜こうとする。


 そんな錯覚を抱くほど迫力がある。


 ……とはいえ、そこまで、ヤのつく自由業みたいなのとも違う。うまく言えないが、人間には持ちえない、到底持てそうにない法を抱えているようにうつる。そう、どことなくシオンに似て。だからか受験者たちの残りがシオンを見る。が、シオンはイミフ。


 首を傾げ、おまけとばかりに見んな、なるオーラをむわむわしているシオンに叩かれもしくは蹴られないうちに他の取り残された受験者たちは視線を逸らした。


 イジャベラも面談がはじまったことでまた緊張が襲ってきたのか、ごきゅっと唾を飲んでそわそわと落ち着きなくなるもシオンは構わない。この学校をでたら世間という荒波に揉まれることになるのだ。これくらいでどうにかなるようなら困りもの。


 処置なし、というものだ。もう、なにもしてやれないし、なせないのはわかり切っている。自分の面倒を自分で見られるようにならねばひとは自立していると言えない。


 少なくともシオンはハイザーのクソにそう教わってきたし、自分でも手前の面倒を見れずして誰の世話を焼けるのか、と疑問を抱えた時期があるのでわかっている。


「次、五から八の者、入れ」


 シオンがどうでもいいくっだんねーこと考えて遊んでいる間に時間はすぎ去り、三十分後。最初の面談者たちが部屋から吐きだされてきた。みな顔面蒼白で面白い。


 面白ぇ、思ったシオンだが、七の番号を持っているので一番に姿勢を整えて歩きだす。そのあとをイジャベラが追う。ちらっと見えた彼女の番号は五。こちらも顔色がまた悪くなっているが、先までではない。吐きそうから乗り物酔い程度にはなっている。


 他にはトレジの見た目に委縮している様子の女の子と高慢ちきそうな青年が一緒になった。トレジは一瞬だけシオンを見てから会議室への入室を促した。シオンはトレジに一礼してから中へ入っていく。途端、明るさにシオンは明順応を行うはめになった。


 特別明るい、わけでもないのにそう感じるのはきっと奥に座っている者たちと面談者が座る椅子を照らす定点照明のせいだろう。ちょいとまばたきの間をはさみ、シオンは悠然と歩いていき、おそらくここ、と思しき場所で立ち止まり、奥に座る者らを見つめた。


「おや? このコは肝が据わっているね」


 真っ先に、まだ面談者が揃わないうちから口を利いたのは見た目六十後半から七十くらいの老人。中央校での古株にあたるのだと思われるが、シオンはその老人よりも真ん中に座っている女性に目を奪われた。言葉にするのが恐れ多いほど、ものすごい美人だ。


 白金プラチナの髪に真っ青な、海でもなく空でもない青金石ラピスラズリが如き宝石の美をいただく瞳。すべてを見透かされてしまいそうな、それでいてトレジとは違った種類の威圧的な瞳は不思議と神々しさすら感じさせる。


 これはたしかに、只者ではない。もしも、このひとがならヒュリアが嘘を見抜くと言うのもわかるし、先の面談者たちが揃って顔面蒼白になってしまうのもわかる。


 尋常でない圧であり、顔は笑っているのに凶相に見えてならないくらいには怖い。……とまあ普通は思う筈なのだが、シオンは生憎そのくらい圧などどこぞの誰かさんらで慣れている。ちょいと種類や階級こそ違うが似たようなもの。なので動じない。


 このことも教職員たちの注目を集めた。特に例の威圧感満載な女性教員はシオンを見て満足そうに微笑み、彼女の左右にそれぞれひとがつくのを見て、頷く。


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