七十三話――ある意味発狂女も参加


 シオンには、甘いもの苦手には永遠にわからない必須要素だ。だから余計にイミフ。飴をわざにセツキの説教落雷予報があるのに、絶対なのに買いにいく根性がすごい。


 ナフルージェの根性にルィルシエと似たものを見たような気分のシオンはいやな感じを覚える。これは関わってはいけない人種だ、と。しかし悲しいかな。もう相手方は関わってくる気満々でいる。シオンは不自然なほど自然と苦い感情が瞳に揺れる。


 こんなぶっ壊れ美人と関わりたくない。その様がありありと瞳に躍っている。ナフルージェには悪いがザラも似たような気分だ。いつも振りまわされている身としてハチャメチャぶりを間近で見てきた者としての感想だった。なので、可哀想な犠牲に黙祷。


 憐れだな、シオン。など思っていると、思っていることがバレたのかシオンの横薙ぎチョップがザラの胸を強打した。……多分、すっごーく加減されている。じゃなくばあの暴力講師を殴り飛ばしたシオンの剛力だ。まともにやられたら切断もありうる恐怖。


 ……どうしてでしょう。冷や汗が止まらないのは。ふと、シオンの剛力なら人体を素手で引き千切れそうだな、とか思ってしまったからだろうか? もしくは容易に想像がついてしまうせい、なのか? 謎だが、とりあえず言える。琴線触れるな即死の危険。


「ねねね、今後に備えて善後策講じるでしょ。てか講じて。講じやがってくださいませ」


「己は敬意を払いたいのか、たんにふざけているだけかどちらだ。クルブルト姉?」


「もち。バウクのクソをやってくれたことであなたに最大の敬意を払っているけど?」


「嘘こけ」


「ひどっ。こう見えて最低限は備えているわよ? ほら、こうしてお願いしているし」


「なにひとつ聞いていない」


「あれ? そだっけ? ま、いいや。バウクに仕返しできる絶好の機会、私もあやかる」


「かような話は一切していないし、私は護身術など教えないというか教えられぬ」


「は? おま、ヒュリアに」


「私が教えられるのは戦技だ。お上品な護身術などではけっしてない。よって程度は己らの想像とまったく異なることを念頭に置き、それでも望むならば、という話だ」


「いいわ。だから私にも! 武術科を新しくつくってくれるんでしょ? 私も武術科の成績ないと将来暗黒だから絶対喰いつくわよ。喰らいつきますとも。約束したげるわ」


 面倒臭いから喰いついてくんな。その一言がシオンの瞳に揺れている。ナフルージェの一方的な約束にシオンはもう抵抗するのすら面倒に思っているのか無言。


 と、そこでナフルージェが不意に質問。素朴で当たり前でちょっと順序違いの問い。


「れ? そういや、あなたここの生徒だっけ? んな美人なら軽く噂が盛りあが」


「なぜか、急に編入する気が失せてきた」


「ナージェ、余計なこと言うな。シオンなんだ。噂なんて面倒臭いもの盛りあがったら余裕で登校拒否になるぞっ! もしくは教えてくれなくなるってかまだ生徒じゃねえ!」


 シオンの言いたいことを全部突っ込んでくれたザラはまだ多少姉の阿呆ぶりに覚えがある、とはおかしいが、慣れている。ザラが上級者ならシオンは見学者位置くらいには先述の通り慣れがあるので扱い方がわかる、というのもある。面倒に変わりないが……。


 それでも初心者ですらない見学者にんな珍獣を扱え、というのはちょいと酷だ。可哀想だ。なので、仕方ないのもあり、交代。……けっしてこのままではいずれナフルージェの顔面が潰れる、とか、鏡が見られない顔になる心配ではない。ええ、ええ、ないです。


 ……多分。とかザラが思っているとナフルージェがシオンの顔をじろじろ見まくりはじめ、シオンの導火線が焼け縮みだす音、不吉な音が聞こえだした気がした。


「ふーん? 編入希望なのに、クソとはいえ武術科の講師をぶん殴るってすごいわね」


「己の阿呆には負ける」


「いやいやいや。お見それしましたぞ~」


 殴っていいだろうか。ふと、シオンの瞳にんな物騒思考が透けて見えてザラはざぁ、と青くなるも、ナフルージェはてんで堪えていない。気づいていないのではなく、気にする意味がわからない、と言わんばかりに。まあ、シオンの物騒な凶暴性を知らないし。


 昨日の、〈黒巨凶猿グオデモデサイド〉を討滅した実力のほどを知らないからできる態度だろうが。じゃないと、シオン以上にナフルージェが怖い。怖いもの知らずがいきすぎていて。


「で、編入の面談はいつ?」


 ザラがナフルージェ、いつにも増して怖し思っているとそのナフルージェがまともなことを質問してきた。これにハッとした様子でヒュリアが時間を確認する。先、確認したばかりだった気がしたのにいつの間にやらちょうどいい時間だ。


 九時半。いくら面談が十時からといえ、早めに面談場所に着いている方が心証がいいのでヒュリアは話を一旦切ることにして、シオンに目配せ。そろそろ移動しよう、と。


 汲み取ってくれたシオンはひとつ頷く。どちらにせよ面談に受かって学校に編入できねば創科のしようもないのでいい頃合いに違いない。シオンの返事を見たヒュリアはザラが施錠した体育館の扉を解錠し、外にでていったのでシオンもついていく。


 後ろを慌ててクィースが追ってくるが、途中でこけたのはもう、仕様だ。ザラに助け起こされ、再びの小走りでシオンたちに追いついたクィースはヒュリアの話を聞くともなく聞いてやっているシオンの横顔を見つめる。やはり無表情のままの美貌。


 とても美しい。なのに、とても悲しい。クィースのまわりにいるひとたちは感情表現豊かな者が多いのでシオンのようなひとははじめて見た。だから余計に物悲しい。


 無表情なのに、瞳には感情がかすかに揺れている。本当にかすか、本当にわずかに。


 ふとして見落としてしまいそうなほど儚い感情の揺らぎ。でも、どこかつくりものめいていてなにが本当で本心でなにを思い考えているのかわからない。とても、とっても辛い気持ちが湧いてくる。こんなに近くにいるのに癒すことはおろか触れることもならず。


 シオンの心には壁がある。鉄壁どころか鋼のように硬く閉ざされた扉すらない壁。のぼることも、触れることもできないのは誰の心も同じだが、シオンのそれは特別頑強だ。


 どうして? と、思ってしまう。なぜそこまで頑なに心を閉ざしている? もしくは閉ざさざるをえなくなってしまっているのだろう。不意に、あることがクィースの脳裏によぎるがすぐそのクズのような思考を封じておいた。こんなこと考えてはダメ、と。


 それは暴くこと。シオンの心を無理に暴いて傷つけること。今もうすでに傷ついて見えるのにどうしてそんなことを試そうと思ってしまったのか、とクィースは沈む。


 ただでさえ今のクィースは気落ちしている、というのに。この上さらにシオンの混沌とし、果てもない深淵の闇に飛び込んでみる勇気はない。できない以上にしたくない。


 だって、友達だから。とか思っていると急にシオンが振り返ってクィースの頭上にこつん、とチョップしてきた。いや、痛くないけどなに? と、首を傾げる。


 すると、シオンが今までのらしさをのけたようなことを訊ねてきた。声は冷えていても芯は温かでその人柄がわかる鋭いのに柔らかな音。なんでもない、ことだった。


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