七十二話――野次馬れでぃず


「ちなみに」


 ちなみに己らはどこまで残念賞だ、と訊こうとしたシオンの耳がなにか鼻唄、のようなものを捉えた。急に黙ったシオンを訝しく思っている三人。だが、しばらくもすると声が聞こえてきた。まだ若い、女の声ふたつ。


 鼻唄さんはお祝いよろしく。だがもう一方は若干どころかかなり呆れている。


「ねえ、本当にいくの、ナージェ?」


「あったぼーよ、パデア。むしろいかないって選択の方がどうかしているでしょっ!? もう、ぷんぷんだぞーっ! ナフルージェさんは怒っちゃうぞ~、んーもうっ!」


「相変わらず、あなたってなにキャラ?」


 なんでもない声が聞こえてくる。いまさらながら野次馬魂に取り憑かれている誰かが偶然来ていた学校での騒ぎを見に来たかなにかだろう、とシオンは思ったのだが、ふとしてザラの顔色が悪いのに気づく。青い、というか……混ぜ損ないの知育菓子みたいだ。


 アレだ。反吐を戻しそうなひどい顔をしておいでです。こいつはこいつでイミフ。


 と、思っていると外の野次馬ふたり、否、ひとりと巻き添え喰っているっぽいひとりの会話が聞こえてきた。今度は巻き添え喰らいで可哀想なひとの声が先んじる。


「でも、本当かしら。あのバウクがやられた、って。しかも第一体育館が壊されたって」


「だーから、それを確認に来たんでしょ。でもそうね、ホントだったらマジざまあみさらせよ。きっと天罰よね~。特別特大のやつ。今までのチリツモが一気に晴れて気分そ」


 そこまで聞いて、ここに向かっている野次馬と巻き添えもあのクソ講師の被害者か、とか考えているとザラがえらい勢いで走っていき、体育館の扉を施錠した。


 だが、愚かで憐れなるかな。気配や足音を立てるはバカ丸だし。その証拠に野次馬の方がなにかに勘づいたらしく、扉をこちらもえらい勢いでドンドン叩きまくる。


「ジュニー? その足音ジュニでしょ!?」


「し、ししし知るか!」


「ほーら、ジュニーじゃん♪」


 焦ってしまったようだ。ついのうっかりで焦るあまり返事をして相手に確証を与えた模様。なのでか、なにか知れないが、相手の女はザラのことと思しき名を口にした。


 たしか昨日手帳を見た時にザラの本名はジュニセルだったな、と思いだし、なるほど愛称か、と納得したシオンの視線がゆっくり動く。ザラは扉を背で押さえながらシオンの目の動きに不思議そうな顔。が、すぐ理由、シオンの謎視線移動理由が明らかとなった。


「はーい! 今日も相変わらず適度におバカで阿呆な我が弟よ、ご機嫌麗しゅう~♪」


「げっ」


「こら、お姉ちゃん見て「げっ」とか言うな。傷つくかもしれないでしょうがよ、もう」


 なぜ自分のことなのにとつくのかそちらの方がイミフ、とシオンが思っているとザラに声をかけてきた女性がバウクの通った跡だ、とシオンが言った穴から中に侵入してくるところだった。女性の瞳には喜悦、どころかそこを通り越したナニカがある。


「で、どうなの?」


「なにがだよ」


 女性の言葉から、彼女はザラの姉にあたるひとらしいのだが、突拍子がない質問に弟はぶすっとして意味わからん、と返す。なのに、女性は「んなーっ!?」みたいな顔。


 シオンはザラに賛成だ。なにがなにやら、である。いきなり突入よろしく現れたと思ったら「どうなの?」ってなにをどう返せばいいのか不可解の域にある。……と、思ったのはどうやら質問者とヒュリア以外だったようで、ヒュリアはからりと笑って返答。


「根性腐れ講師ならこのコ、シオン・ツキミヤの鉄拳で行方不明ですよ、ナージェさん」


「ほっほう? なるー。あなたのことね? フォナちゃんが教えてくれたけど、よくぞやってくれましたぞ! クソ講師撃退名誉隊長の称号を授与してあげまっしょーっ!」


「要らぬ」


「遠慮しないでいいからから~♪」


「遠慮ではない。キモさが故にだ」


「ひどっ!? でも、ホント、よくやってくれたわ、シオンちゃん! ハグしてあ」


「二度と鏡を見られない顔になってよいなら試みてみよ、阿呆。どっかいけ。うるさい」


「くぅーっ、きっつい毒舌すら痺れるぜ!」


 変態だ、こいつ。なんて感想がシオンの瞳に揺れるのを見てクィースたちが笑う。初対面のひとに変態認定を早くもつけてしまっているのも、相手の女の方にも苦笑する。


 まるで毒が残った河豚の身を人目を盗んで摘まみ食いし、痺れを楽しむ。そんな悪食美食家的発言の女性は黙っていればザラによく似てとても美人なのにもったいない。


 当のザラは、弟はといえば穴があったら入りたい気持ちにでもなっているのか恥ずかしそうに目というか額に手をやって頭痛を堪えている。だが、シオンの困ったような無表情に黙っていても埒が明かないと思ったようで、説明もとい紹介してやることに。


「えーっとな、ちょい恥ずかしいことに俺の姉だ。ナフルージェ・ウラニエ・クルブルトっつって、俺より一個上の高等科三学年。で、隣のひとはパデア・ドルトアさん。ナージェの相部屋が務まるある意味尊敬に値するひとだ。もうアレ、偉人レベルに」


「パデアさん、このコ、シオン・ツキミヤさんです。つい先ほどバウク先生をぶん殴って吹っ飛ばしの上、行方不明にしてあたしたちの処刑を丸々消してくれた恩人さんです」


「……。……え?」


 おそらくでもこれが正解の反応。パデアは可愛い系の顔立ちで心底疑問だ、と表現してくれたし、声にもだしてくれた。ちょっとどころかかなり信じられないことを聞いて。


 と、なると、ナフルージェはやはりいろいろとおかしいのだ。もう本当ありとあらゆるものが。なのに、誰も指摘できないくらい彼女は盛りあがっている。ひとりで。


「んで、今後のことは?」


「は?」


「こーれーかーらーのーことーッ!!」


「いちいち叫ぶなうるさい。クルブルト姉」


「だぁって的外れなことばっかり言うんだもんもーん。てか、それ紛らわしくない?」


「どれか」


「クルブルトはジュニだってそうでしょ?」


「クルブルト、クルブルト姉。以上」


 以上、と言ったシオンは本当に話すら以上で済ませる気でいるのか、瞑目して無視、しようとしたがさせないナフルージェはシオンの襟巻を掴んで勇敢にも引っ張った。


 のですが、その程度のことで振り向かせられるシオンではない。きっちり無視しつつナフルージェの手をぺしっ、として叩き落した。ままいい音がしたので結構マジっぽい。


 なのに、それでも怯まないナフルージェの根性にシオンは少し脱帽してもいい気分になる。ルィルシエだったら余裕で兄やセツキに助けを求めにいったものだ。


 ただ、ココリエやセツキがでてきてもシオン、サイが動いてやるかは不明。しかも、お願い事が飴の買い食いだったらそれこそセツキの説教雷が落ちる。もちルィルシエに。


 サイとの初対面、あの時も飴の買い食いで危機一髪だったというのに喉元すぎれば熱さを忘れるとはまさしくこのこと。勉学はしても人生学習はしないというか、自由だ。


 サイが辟易しようと口だしするのも面倒がろうとも彼女に甘味は必須。……らしい。


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