七十一話――御令嬢のお願い


「本当はあの腐った講師の補習授業だけはお義理で受けておこうと思ったけど、シオン、あなた予想以上よ。よくぞやってくれたわ。もうね、すっきりスカッとしたわよ」


「で?」


「ふふ、本題、でしょ? 先見ての通りでバウク・ベイラーズは最低最悪の講師よ。今までお墓に入らなかったのが嘘みたいにひどい暴力を楽しんで行ってきたの。そして、耐えていても武術科の評価にいい点がつくわけでもない。だったら、改めたいってね?」


「……まさかとは思うが、私に説け、と?」


「さすが、シオン! 理解力のあるひとって私好きよ。で、昨日の〈魔の物〉事件であなたがかなりの実力者だと睨んで、というか見込んでお願いしたいの。私たちを鍛えて」


 なにをいきなり突拍子もないことを言いおる御令嬢だ、これ。なーんてシオンが現実逃避に考えているとそのシオンのそばで疑問の声があがった。クィースが挙手。


 あててやって聞く姿勢に落ち着いているヒュリア。彼女の言葉にクィースは心底疑問。


?」


「ええ。私とザラは確定としてクィースはどうする? シオンにしごいてもらえば私とあなたの散々に言われ続けていた成績を覆せるかもしれない。これはね、チャンスなの」


 おい。まだ了承もなにもしていないぞ、とシオンが瞳に揺らしているとザラが寄ってきてポン、と肩を叩こうとしたが空振り。シオンがそう簡単に触らせるわけない。


 不意にそんな簡単な想像がついてザラは笑う。シオンとしては彼の方にも絶賛イミフが沸騰中だったりする。昨日聞いた話ではザラは武術科を多く取っており、他の武術科は好成績だとも聞いていた。なのに、なぜ。と、まあ、そういう素朴な疑問だ。


「あのクソ野郎の授業受けたあとだとよ、他授業で色づけがあったんじゃねえかな、と」


「己もこの授業では散々か?」


「誰もが、な。履修届をだしてから姉貴に聞かされてしくじった、と思ったが後の祭」


「ふむ?」


「遅すぎる忠告の通り。あの野郎は「基礎の組手」とは名ばかりの暴力三昧でな、俺もこいつらも毎回痣まみれにされたもんだ。が、他の教職員、シェトゥマ先生以外には露見しないようにあいつが「バラしたら落第だ」ってクソ最低に脅してきやがってたんでな」


「らくだい?」


「あー、まあ、科目を落とすってことだ。えっとな、内申に響くし、将来が潰れるんだ」


 それは大事おおごとだ。前途ある若者がこんなクソ授業ですらない授業で将来の希望や夢を奪われるのは理不尽さに満ちている。つまり、アレは日常の鬱憤を生徒たちで発散していた、ということでいいのだろうか。まあ、実際理由がどうこうはどうでもいいが。


 理由探しなど弱者のすることだ。どうしてなんでなぜ、と探す暇があればひとつでも自分を研くのが強者の心得であり、当然。


 シオンは過去を見ても見続けない。振り返れど血まみれの道。遠い先は見ることも叶わない、なにひとつわからない闇の道。だから、彼ら彼女らのように希望を抱けない。


「ねえ、シオン」


「む?」


「お願いできない? もちろん授業料は別でお支払いでもなんでもするわ。私たちに本当の武術を仕込んでくれないかしら? もちろん、あとになって勘弁! なんて情けない真似もしないわ。お願い。私やザラは特に将来がかかっていて、武術科の成績が要るの」


「クルブルトが騎士隊入隊、と己はなにか危険地帯にでもでる気でいるのか? 鞄の口から医学書が見えたが、医術を学び、紛争地にでもいこうと? 己は本当に御令嬢か?」


「うふふ、やっぱり気づいてくれた?」


 こんにゃろう、やっぱりわざと見えるようにしていやがったのか。などとシオンが思っているとクィースが遠慮がちに挙手してきた。仕方ないのであててやると、女は恐々とではあったが自分が将来にえたい未来を、彼女なりに夢見ているようであった。


「あたし、バカだけど、運動神経もないけどでも、将来は誰かの役に立てる仕事をしたいの。その為には、他人に奉仕するには自分が強くなくちゃどうしようもない。漠然としていてすごく申し訳ないけどあの、教えてもらえないでしょうか? ねえ、シオン?」


「……。これで断れる剛胆を見てみたい」


 充分だった。シオンの答は直接的ではないが、それでも明確な承諾。聞いて、三人ガッツポーズしたり万歳したりして喜んだ。シオン的にはそこほど重要項を言っていないのだが三人にとってはシオンがおっけーしてくれることが最難関だったようだ。


 と、そこでふと思ったことひとつ。


「月謝制にしては」


「ああ、それは最終手段。本当に一番の希望はここに受かって、創科してくれることよ」


 月謝などどう決めればいいのかもわからない。シオンは昔、義勇軍の戦士を鍛える仕事もしたことがあるものの、アレは国がシオンに相応の報酬を支払ってくれた。


 だが、それが個人相手となると、勝手がわからない。なので、教えてくれそうなヒュリアに質問しかかったがヒュリアにしても予想していた質問だったようでシオンが言い終わる前に答が返ってきた。ああ、なるほど。受かること前提、というか希望での提案か。


 ……。なぜだか、無駄にプレッシャーもしくは圧という名の錘が頭上にごちん、してきている気がするシオンである。多分、気のせいではないが、気にしないことに。


 気にしても仕方がないので。ならばもう無視するに限る。気づかなかったフリ。うん。


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