六十二話――いざ、学校へ


 玄関ホールにおりて階段をのぼり、外にでた四人に冷たい初春の風が虐めるように吹きつけてくる。三人はぶるっ、と身震いしたが、シオンは平然としている。四人の中で一番薄着なのに。信じられない気持ちで三人がシオンを見るも首を傾げられて終わった。


 信じられないし、ありえない。だって彼女は外套も持ってきていない。もちろん着てもいない。クィースとヒュリアは厚手の外套を着込んで手袋やマフラーも巻いている、というのに。東方諸国家は四季折々で地域により気候がまったく異なると聞いている。


 冬はそれこそ極寒の地になることもあり、夏は半袖でも汗びっしょりになるほどの猛暑となる地もあるらしい。あの島国がどうかは知れないが、とりあえず規格外だ。


「おま、よく平気だな」


「このくらいなら問題ない。運動するならもう少し脱げる程度には別段寒くもない」


「……サヨウデー」


 シオンに質問し、返された答にザラは信じられない、という目。だが、シオンが見咎める前に信じている、という目にしておいた。疑われるのを彼女は嫌う。……まあ、事実と本当の本音でしか話していないのにそれを疑われるのは気分が悪いのだろう。


 だが、かといってこの寒空にこんな格好で外套もなく、昨日の服に長袖を羽織り、襟巻をしただけの彼女は傍から見ると非常に寒そうだ。なのに、かじかむ様子というか気配すらないので普通に本当全然平気なのだ。現在の気温は五度だというのに。……冗句だ。


「しかし、本当に四季が安定しないのだな」


 シオンの存在が性質の悪い冗句だ、などと失礼考えていたザラだが、シオンは気にしない。それよりは自身の中に湧いた疑問を口にした。四季が安定しないなどと聞いたことがなかったし、なんじゃそりゃ、だったが実際に体験するとよくわかる。マジだ、と。


 だが、彼女はそれ以上の感想も興味も持たないらしく、三人が案内に歩きだすのを待っている。なので、ヒュリアを先頭に幼馴染三人が案内に入る。クィースは自主的にシオンの隣を歩く。ドジ三昧はいつもだが、シオンは昨日何度か助けてくれている。


 なので、もしも不慮の事故ドジが起こってもひょっとしたら助けの手をだしてくれるかも、なんて思って。シオンは面倒そうだ。無表情でわかりにくいが瞳には面倒臭ぇがある。


 つまり、いざという時は補助がある、のだといい方に考えてクィースはシオンに近寄ろうとするが、ある一線以上は入らせないようでさらっと身を躱される。嫌いな人種、というのを聞いたが、この感じ……。嫌いな生き物に人間も足されそうな雰囲気だ。


 そうこうとシオン、クィースが地味に遊んでいると前をいくふたりが苦笑するのが聞こえてきた。シオン的には笑うなボケぇ、だが遠慮して案内のままに歩く。四人はやがて昨日よりも整然とした街路にやってきた。街路樹が寒風に吹かれ、ざあ、と鳴く。


 どうやら町に、それも昨日のバスナよりも都会寄りの町に近いらしく、遠くからにぎわいが聞こえてくる。シオンはそれだけでげっそりんじゃー、というものだ。


「市街地が近いのか?」


「そうだね。比較的、かな? 一応格式も高めの学校だから市街地からはある程度距離があるよ。どして? ……ああ、大丈夫。うるさい場所じゃないから。ね?」


「それは学びの場近くに騒がしさがあるのは好ましからぬであろう。だが、放課後? というので遊びにでかけるのに便利な場所、立地、というわけか。イミフ」


「遊ぶっていうより、近所は本屋が多いから勉強に必要なものを買いにいく感じ、かな」


「もう懐に隙間風が吹き荒れているのだが」


「あは、大丈夫大丈夫。学校でだいたいの学科の古書が余っているから借りればいいよ」


 クィースが教えてくれたことにシオンは少しほっとする。まあ、古書がない科目は教科書を買わねばならないのだろうが、ひとつかふたつ程度ならまだ財布も平気。


 昨日の夕に買った食材代はヒュリアがだしてくれている。これ以上彼女に借金するのは精神衛生上悪い。食費はもし今後、短期就労アルバイトなりなんなりすれば割り勘にできるし、ヒュリアが気にしないでいい、と言ってくれるのであまり思い詰めないようにしている。


 寮を出発し、道中に会話もあり、おおよそ十五分が経った。まわりの景観が少々堅苦しいものに変わってきたような気がするシオンはそろそろか? と思っていると、三人は朱煉瓦が美しい塀、壁(?)に沿って歩いていく。朱煉瓦の壁はしばらくも続き、唐突に。


「はい。到着。ようこそ、シオン。ナシェンウィル中央国立小中高等学校へ……ってね」


 少しおどけたように目的地を紹介してくれたヒュリアは警備員に自分の学生証を提示して後ろにいるシオンについて話す。「ルマリエ教頭から話が~」と聞こえるので警備という末端の方にまでその教頭はシオンのことを報せていたらしい。どれだけの念入れだ。


 念入りすぎるだろう、とシオンが思っていると警備の者が身分証の提示を求めてきたのでポケットの手帳をだす。警備はざっと中を眺めてシオンに手帳を返し、なにか、バッチのようなものを寄越してきた。なんだ? と思い見ると「面談者」と彫ってある。


 品のいい木材を小さくカットし、それに手作業で彫られていると思われる面談者バッチをシオンは警備に言われるより先、襟巻へ留めつけた。はさむタイプのものでよかった。でなければ現物の服に直接針を通して留めねばならなかったところであった。感謝。


 誰かに謎感謝するシオンは続いて学生証を提示し、コードを読み込みしてもらったザラたちについて学校の門をくぐる。鉄製の門、その上には一対の竜たちがこうべを垂れている。


 だが、不可解。その竜たちは頭をさげて歓迎の意を示すようにつくられているのに目には冷ややかさがある。まるで拒むように。真意はいったいどちらだろうか、イミフ。


 シオンがかなりどーでもいいことを考えている間に校舎と思しき建物が見えてきた。立派な煉瓦の建築物。ところどころに色違いの煉瓦を入れていてとてもお洒落だ。


 いや、それよりなによりその大きさに圧倒される。いったい千何百人がここに収納されるもといできるのか不明なほど大きい。初等科から高等科まであるといっても……。


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