六十一話――悪魔さんと三人の嫌いなもの
回鍋肉の最後の一口をなんとか確保できたクィースが幸せそうにする横でザラは青椒肉絲をザクザク食べる。シオンのアレンジでピーマンだけでなく筍の他に蓮根なども入っているのでボリューム満点だ。味も抜群に美味しい。そして、食卓はすぐ綺麗になった。
洗い物をシオンがするうちにクィースの忘れ物チェックをヒュリアとザラのふたりがかりで行う。話を片耳に聞いていると芸術科の授業を取っている女の子たちは四季休み中の課題一部を今日ついでだから提出してしまおう、という計画になったらしい。
今はその課題をちゃんと鞄に入れるようにしているところだ。どうやら芸術科は芸術科でもヒュリアは楽の
ドジでバカでおまけに間抜けていてもひとつくらいは取柄があるものだな。なんて、シオンは思っていたりして。今日も絶好調ですっごーくひどめ思考全開である。
しかも瞳に駄々漏れているのでザラはこっそり心中でため息。大丈夫だろうか、こんなことで。と心配し、昨日、消灯間近に来たヒュリアからの文書通信のことも考えてもう一個ため息こっそり。そこにはならではだが「本気かよ?」と思うような内容があった。
シオンがもしも中央校に受かったら、という前提での話にしても突拍子がない。いや、あの市街地での〈
この毒舌娘に頼むにしろ、なにを取引材料にすればいいやら、だ。それくらいヒュリアの提案というか、発案は突拍子ないと思えた。面倒見ている恩を盾にするのもなんか気が引けるし、かといって例の戦国で逞しく生きていた女傭兵に不可能があるのかも不明。
「な、シオン?」
「む?」
「お前、苦手なことってあるのか?」
ここはひとつ探りを入れよう。とヒュリアがアイコンタクトしてきたのでザラが質問する。苦手なことがあればそれを補助するのを取引材料にできるかも、と思ったのだ。
だが、予想を裏切って斜め上を三回転くらいした回答を寄越すのがシオンなのである。
「嘘、くらいか」
「じゃなくてこう、な? 家事の中で苦手なものとか、苦手科目があるかも、とかよ?」
「? イミフ。苦手な家事業務はない。苦手科目など入学してもいないのに知るかバカ」
はい。この辺はある意味予想通りで暴言が返ってきました。なので、傷は極浅。よって追加質問しつつ、ザラはクィースに携帯端末を寄越しておくことにする。
「じゃ、苦手な生き物とか、嫌いな食べ物とか、嫌いな人種っつーかタイプは?」
「……なにか、クルブルト、あとバデトジェア、先から私のなにを探っているのか」
ギクッ。いや、薄々どころかかなりがっつり気づいていたがかなり鋭い。
クィースならば探られているなどと微塵も気づかないのに……って、比べるものが違ったことに気づいてザラはちょっと自己嫌悪。だが、質問は取りさげない。喰らいつく。
シオンはいまだに「イミフ生物発見」みたいな目でザラとヒュリアを見ているが、ややあってひとつずつ答えてくれた。探られて不機嫌そうなわりにはっきり親切に。
「蛇と蜘蛛は大嫌いだ。触ったり始末はなんでもないが生理的に受けつけぬ。嫌いな食べ物は腐ったもの。嫌いな人種はたくさんいすぎて頭痛がするので回答を拒否したい」
「そうなのか? 嫌いな分類的には」
「説教魔とかクソ蛇とかお下劣蜘蛛」
「……。それ、ひと、だよな?」
「すべからく私があの島で遭遇した人間だ。まあ、セツキはまだ平気な方だ。茶の話題でなら口が利ける。腐れ蛇王ジグスエントは死ねばいい。蜘蛛王妃のチェレイレは死んだ」
「? 東方諸国家なのにどうして名前が」
「ああ、王族と上流貴族は異国風の
「ええ!? そうなの!?」
「いちいち興奮するな、バデトジェア」
キモい。とシオンの目が語っているがヒュリアは聞いていないし、見る気もない。
慌てて携帯端末にメモしていく。もうひとつ、嫌いというか苦手人種がシオンの中で足された瞬間だった。勉強狂もある種変態で、勉学に秀でている者はジグスエントを彷彿とさせる。が、まあ彼女が医師を目指していないなら、いや、いたとしても関係ない。
ジグスエントはシオンの中の悪夢そのものであり、今、脳内に出現したことであの時の
多分なのは、唯一、ココリエとの接触はそこまでいやじゃなかったからだ。意識がなかったので覚えていないが、トェービエでの一件でココリエとセツキが解呪儀式に口づけて人工呼吸してくれたらしい。のだが、最後の接触はココリエだったような気がする。
覚えていないし、ふたり共照れて教えてくれないので訊きようもなかったが、温度に覚えがあった。しかし、トェービエでもひどい目に遭ったのにセネミスのことはあまり嫌いじゃない。おそらく似た者同士というのと、彼女がアレの依頼で呪ったからだ。
カヌーの、依頼で。そして、受けなければ彼女の父は命が危うかった、と後日ココリエに聞かされたのでなんとなく許してしまう。引き換えジグスエントは欲望のままだったのでマジで嫌悪対象になった。今でもわからない。どうして? と思ってしまう。
なぜ医師の免状の中でも最高峰のものを持つジグスエントのような天才であり、天上の美人がシオン、当時のサイなどを求めてきたのか。まじめにイミフ。だが訊いてみる気もない。口を利く気もなく、声を思いだしたくもない。もう、なんだ? 滅べ?
「どういう綴りなのかしらねぇ。はい、クィース。学生証もちゃんとすぐだせるとこに」
「むむむ、お手数おかけします」
「いいのよ。もう慣れたから」
「うぐっ」
クィースの心臓に短剣、までいかないちょっと、そう、画鋲っぽいものが刺さった。
しかし、ヒュリアは気にせずクィースの忘れ物チェックを終えていく。同時にシオンの言った戦国の人間たちの名前、これに思いはせている。器用なことに。
いや、ある程度普通にできることなのだがクィースにはできないので羨ましい限り。
と、不意に視線を感じた。シオンからだ。謎だ。この絶世の美女がどうしてクィースをじぃ、と見ているのか、いや、だがどうせろくなことじゃないとわかるので訊かないが。
でも、そんな甘い考えを見抜いたようにシオンが鋭く質問、なのか毒なのかわからないものをぶっ飛ばしてきた。シオンはクィースを見据えたまま三人に質問してきた。
「己らはどうなのだ」
「俺たちか? そ、うだな。共通してってなるとあの授業が三人揃って大の苦手だ」
「どのだ?」
「あー。えっと、思いだす、思い浮かべるのもちょい拒否りたいくらい嫌いでな」
「そう、ね。ごめんなさいね、シオン。あなたにはずけずけいろいろ訊いておいて」
「ん。ごめん、シオン。あたしもあの授業の話題はその、勘弁してほしいかな」
「別に。興味もないし、己らの口振りから苦手、というよりはそれに苦痛を覚えているようだしな。無理に訊こうとは思わぬ。愚痴りたくなれば言ってくればいい」
「え? 愚痴っていいの?」
「世話になっている身。そのくらいは当然」
シオンの今までで一番優しい言葉。
歓迎はしていないだろうが、それでも辛くてならない時は話を聞いてくれる。それを当然と言ってしまう辺り、本当に大人だ。……時折すっごくこどもとゆうか幼稚だけど。
クィースが軽く感動しているとそのそばでヒュリアとザラが意味ありげに目配せして口を開こうとしたが、突然部屋に鶏の「コォケコッコー!」が響いた。電子合成された音なので誰かの端末の音、と思っているとヒュリアが端末をだして時刻を確認していた。
「そろそろでましょ。時間に余裕があった方がいいでしょうし、運がよければ四季休みでも自主練している武術科や芸術科の生徒に話を聞けるかもしれないわよ」
「芸術は似合わぬのでどうでもいい」
「……。ええ。でしょうね」
くすくす笑うヒュリア。その目がどこか期待をこめてシオンを見ているような気がしたが遅刻したら洒落にならないので四人はもう一度クィースチェックして部屋をでた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます