六十三話――教職員事務室


 いくらなんでも大きすぎる。それとも威厳を表す為だけにこんな大きさにしているのだろうか? てか、もしもそうなら無駄で無意味な権力の誇示に思えてならん。


 などなどシオンが思っている、と三人が校舎へ入っていき、シオンの為に扉を開けて待っているのが見えたのでサクっと瞬動術で校舎内に入り、ぽかんとしているクィースの口を顎に指当てて直し、扉を閉めた。そうして改めて校舎内を見るも素晴らしいの一言。


 美しい木目が特徴的な床はピカピカに研かれてワックスもかけてあるようだ。証拠にクィースがシオンに振り返った際、盛大にすっ転んだ。おドジ、ここに極まれり。


 シオンがひどいことをそうと思わず平然と思っていると立ちあがったクィースがシオンの長袖を引っ張ってきた。こっちこっち、とするように。女の足が向かう先には「教職員事務室」と札が留めてある扉。なぜ、そんなところにいくのかシオンはイミフ。


 たしか学校に着いたら保健室で魔力属性の比重諸々を調べてもらうのではなかっただろうか? と思って。だが、クィースの足取りに迷いはない。事務室に向かう。


「おい、ドジ」


「クィースですっ!」


「ドジで通じているので問題ない」


「じゃあ、もう聞かない。無視する!」


「やめておけ、ミンツァ。考えずとも無理な芸当で己の脳味噌はそこほどできがよくな」


「うがーっ! なにを根拠に!?」


昨日さくじつ、部屋をひっくり返して忘れ物探しをしていた誰かさんの試験用紙が見えた。バッテンばかりで丸はひとつ、ふたつだけだったのでつまりそういうことであろう?」


「はぐ……っ」


「自分で根拠を見せつけておいて忘れる辺りも含めて断言する。不出来チック脳味噌だ」


 ドスっ、グサグサッ! ……仲良し三人の内ひとりの心臓に短剣がたくさん、いーっぱいのたーっぷり突き刺さる音が聞こえてきて他のふたりは苦笑い。よくぞここまで暴言できるな、というのとなまじ間違っていないので助け船もだせないので笑うしかない。


 シオンが繰りだす毒舌の惨さもクィースの憐れなおドジと試験が赤点祭デスヨも。もはや笑うしかないくらいのカオスだ。笑ってギャグにして差しあげることしかできない。けして、けっして面白くて、友人のが面白くて笑っているわけではない、筈。


 だいぶというかかなり怪しいが一応そういうことにしておいて苦笑いのふたりが心の痛手で瀕死のクィースに代わり職員室に寄る理由なるものをシオンに教えてくれた。


「ある意味、融通してもらったのだし、顔をだしておいた方がいいの。礼儀的にね」


「ま、そういうわけだ。それに一応ヒュリア、というかバデトジェア家からの推薦っつー形で面談してもらうことになっているからな。挨拶するのは基本ってわけだ」


 なるほど。シオンはふたりからの説明でやっと得心がいったようで瞳を揺らす。


 本当に不思議なひとだ。無表情であるのに瞳にはこんなにも感情豊かに様々な顔を見せる。神秘的で、なによりも美しい。ここまで心が綺麗な人間も珍しい。


 時折、否。結構頻繁に発射される毒舌による猛毒攻撃はかなり脅威だが、それ以外は本当に無垢で誰よりもなによりも穢れないひと。三人が顔を見あわせる。発見した時、その瞬間こそどうしたものか、と思ったがこうしていると助けてよかったと思える。


 助けてそして、教頭の指示があったとしてもこうして同じ学校に誘えるコでよかった。


 邪悪なる者は世の中腐るほどいる。頭が膿んでいるのではないかと思うようなひとも世間にはいる。そんな中でシオンはとても眩しいくらい美しい光であり、清水しみず


 誰よりも綺麗で美しく、なのにどことなく誰よりも傷ついて見える。なにに、と訊かれると困るが、直感的に歳の近い者として思う。どうしてこんなにも傷ついている? と。


 それくらいシオンは本人が意識していない瞬間、ふとして瞳に悲哀を浮かべる。昨日のパックジェ地区お土産市で逢貝に祈る彼女を見てなおのこと思ったものだ。


 誰に、どうして、なにを祈っているのだろう。なぜ貝殻などにそこほど真剣に祈る? なぜ自分を認めてあげられない? なぜ、どこで、どうしたから傷ついた?


 だが、それを問うには三人もまだ遠い。シオンの領域に踏み込めないし踏み入ってはいけない。礼儀だとかじゃなく、シオンが拒み、迂闊につつけないほど深い闇の奥が故に。


 それこそ淵の闇。深淵への招待。いくらこどもで怖いもの知らずでも本能が警鐘を鳴らすほどの深い、深い、あまりにも深閑としていて恐ろしい深みの果てに答がある。


 答を、シオンの澱を見つめる勇気がまだ三人にはない。なので、気分を変更し、クィースが職員室の扉をノックし、返事を待たず突撃ーっ! していった。これはたんなる素のおバカ行為だ。いつもノックの意味をふいにするのである。クィースは。


 だから他ふたりも頭が痛い。シオンはどうせ割喰うのはクィースなのでどうでもいいから放置。放置、だが一応挨拶に向かうにあたり、クィースのある意味無断入室に「こらーっ」している教員のいる職員室とかに入っていく。こちらはノックすらしない。


 まあ、クィースが開けっ放しにしていたのでそれをノックするのも間抜け、と思ってのことだったのだが。んなシオンは職員室、という場所に初潜入だが、入って「ふーん」とだけ思っておいた。簡素で整然と片づけられている室内。無駄なものは一切ない。


 部屋の奥に給湯室が見えるので教員は空き時間があれば自由にお茶するのかも。そんだけ感想を抱いてシオンはクィースにノックの意味を説こうとしている無意味努力教員を見てみた。頭の畑がかなり荒地になっていらっしゃるが、まだ五十歳いかぬだろう男性。


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