六十話――異国な朝餉


「あら? クィース、起きていたの?」


「先、遅刻だと起こしてやったところだ」


「先に言えよ!」


 真っ赤にゆだった顔のザラが寝室の扉をばたんっ! とえらい勢いで閉めてシオンに突っ込む。のだが、シオンは中でなにがあったか知らないので首を傾げる。……いや、ホント悪意のないほど怖いものはない。


 寝室からは鳴き声と泣く声が聞こえてくるのでヒュリアはだいたいのことを把握したようで餌食になってしまった女を慰めに寝室の方へ入っていった。「わかったから、ブラくらいしなさい」とか「悪気がないって怖いわね」とか聞こえてくる。イミフ。


 なんだこいつらイミフ、と考えるシオンは保温容器に入れていたおかずを大皿に盛りつけていく。回鍋肉や青椒肉絲、エビチリに麻婆豆腐などといった中華の定番おかずがどんどん食卓を埋めていく。ザラは昨日のを見た感じ飛びつくと思ったのにまだ赤面中。


「なにかあったか?」


「なにかどころじゃねえよ」


 昨日の彼らしくない嘆くような呟き声にシオンはさらにはてなしつつ、ご飯を盛って、スープをスープボウルに注ぐ。蟹缶はさすがになかったのでカニカマで代用したとろみつきのなんちゃってトロ蟹スープだ。これだけでも温まろう一品。が、誰も来ない。


 シオンはさらにイミフ。隣の寝室からは「わかったから支度して。いざとなったらザラに嫁ぎなさいな」やら「そーいう問題じゃないぃいい! うえぇええん!」などと聞こえてくる。本当に朝から騒がしい連中だな、なんて思ったシオンは本気でわけ知らず。


 ホントーにマジのマジでまったく悪意のない純真無垢な悪魔様でありましたとさ。


 と、そんな悪魔様の餌食になっちまったクィースがヒュリアに慰められて気を取り直しもとい「もうすぎちゃったことだもんね」と空元気で食卓にやってきたのは三分後。


 ヒュリアが簡単に見繕った蒼のセーターと白のスカートに黒タイツ姿で現れた女はザラを視界に入れると途端、ボムっと真っ赤になったが、それはザラも同じ。同時に赤くなるふたり。が、クィースが先んじて目を逸らした。で、食卓の上に気を取られたフリ。


「わ、わっ、わぁ、また見たことない料理がいっぱーいだよ! ね、ふたり共?」


「えぃっ!? あ、ああ、そうだな。そうですねええホントあの誠に申し訳ありません」


「うっ、え、ええとナンノコト? な、なにかアッタかなー、別にナニモなかったよね」


「……。……そう、ですネ」


「イミフ寸劇コントはいつまで続く? いい加減冷めるぞ。私は電子レンジ加熱反対派だ」


「誰のせいだ!?」


「誰のせいだと思っているの!?」


「? それぞれの自己責任であろ」


 いったいなにのことを言っているのかすら知らないシオン。本当に性質の悪いひとだ。


 だが、そうやっていつまでもシオンの言う寸劇コントをしているわけにはいかない。今日は予定がきっちり入っているのだ。シオンの、大事な面談試験という予定が。


 こればっかりは外すわけにもいかず、遅刻などもってのほかだ。ただまあ、ヒュリアの父が融通をつけてくれたというより教頭から目覚めて体も大事ないならすぐぜひに、と返事があったそうなので、ヒュリアはもちろんシオンも本当に意味不明だった。


 どうしてその教頭というひとはシオンにそこほど会いたがるのやら。昨日聞いた話では面談試験で人柄を頼りに合否を決めているちょっと変わった学校だそうだ。


 例え成績優秀でも品性や素行に不良があればけっして門を開かない。猫かぶりも通じないというか、その教頭先生とやらはすべてを見透かしたように鋭いらしく、一欠片でも負の要素を見れば即面談自体終了させるという恐ろしい話も聞いた。が、シオンは平然。


 これだけ口が悪いのにそれにすら自覚がないのだろうか。と、質問してしまったクィースにはその時、デコピンが入った。デコピンであるのにデコピンにあるまじき威力でクィースはひっくり返って後頭部を長椅子の木製肘かけに強打した逆愉快な話もある。


「えぇと、とりあえず冷めたら申し訳ないから食べましょ? シオンの言うように遊んでいる場合じゃないわけだし。クィースの忘れ物チェックに念を入れるのに時間かかるし」


「遊んでねえっ!」


「どこ見て遊んでいるように見えるのっ?」


「……。えっと、その、悪いけど全体的に」


 ドクしゅっ、ぶしゅーっ。……なんて音がしてクィースとザラ両名が胸を押さえる。幼馴染からのトドメにかなりザックリ傷ついてしまったらしい。そのヒュリアはシオンがひとまず取りわけてくれたおかずを食べてご飯を頬張る。幸福そうな笑顔。


 どうやら今日の料理も美味しいらしいので自分たちも食べよう、そうしようか、となりクィースたちも席について食事をはじめる。どれもこれもこの地方の料理で使うのとは違う独特の香辛料や香味野菜、調味料を使っていて食が進むってかクオリティが高すぎる。


「お前さ、マジでただの傭兵だったのか? これ、厨房丸ごと任されていてもおかしく」


「私は真実を述べている。隠し事こそ多少なりあれど嘘は嫌いであり、苦手だ」


「え? ちょ、ザラ! いつの間にシオンのそんな美味しい話聞きだしているの!?」


「バデトジェア、己は話題などの味がわかるのか? ずいぶんとまあ奇妙な特技だな」


 なんでそうなるのー? と思ったのはヒュリアひとりではない。ザラとクィースもぽかん、とはせず、もうすでに「シオンだから、これも天然ボケだ」と流している。


 流しておかずをおかわりし、ご飯もおかわり。もりもりもっきゅもきゅ元気に食べまくる。シオンも昨日のザラが食べた量からして結構量つくってくれているのでなかなか食いっぱぐれの心配はない。でも、好きなものは確保しに動く。こればかりは争奪戦だ。


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