五十九話――起きなかったから


 ――耳がどうにかなっていないか、アレ?


 一緒の部屋に招いてくれている女の子に対して心の中でとはいえアレ呼ばわりしている辺りがシオンらしいが、まあ、たしかに耳がおかしいとしか思えない。あんなもの、シオンなど隣の部屋にいても鼓膜が痛くなったというのに、平然と二度寝とかありえない。


 てか、ありえていい筈がない。と強く思うのだが、それでもクィースは起きてこない。耳の機能不全か? とシオンがひどいことをそうと思わず思っていると部屋に遅めの朝陽が流れ込みはじめた。夜明け。だったらそろそろ支度をしておこうかな。


 と、結論にいたったシオンはマグを持って台所へ入り、使ったマグを軽く洗って水切り台に伏せて置き、朝餉の支度に入る。炊飯をはじめ、今日は寒いらしいので体が温まるピリリと刺激のある料理にしようかな、と思い、中華鍋を使って料理開始。


 クィースの冷蔵庫は最近やっと自炊をはじめた、と言うわりに無駄に充実しているので食材はより取り見取りだ。大蒜、生姜、唐辛子、葱と中華系の料理には定番の薬味など取りだし処理し、手早くほかほかのピリ辛おかずを数品つくり終え、洗い物をする。


 なのに、洗い物を終えても隣にいる女は起きてこない。どうやらスヌーズではなくオフにした臭い。シオンはため息。やれやれ世話の焼ける、と思いつつ手を台所の手拭きで綺麗にして隣の寝室を覗いてみたが、予想に違わずクィースは間抜けな寝息で熟睡。


 あの爆音のあとに熟睡できるとかこいつは新次元の化け物か? とかシオンがちょっとどうかと思うことを考えているとクィースが寝返りを打ち、薄目を開けた。


「やっと起き」


「むひゃひゃひゃ……んー、もう食べるぅ」


 ――キモっ。こいつ、腐れキモっ。


 シオンの心の声が瞳に揺れる。あからさまにクィースを変態だと思った模様が瞳に駄々漏れだ。……まあ、ね。たしかにいきなり笑いだしたら気持ち悪いわな。てか、もう食べるって居間のにおいに反応しているのだろうか? ……いや、声が寝ている。


 完璧に寝ている声なのでシオンはクィースの頭を軽くしばいた。布団叩きで。直接手を触れて気持ち悪いのがうつるのがいやだったのだろうか? 謎はシオンの中にのみ、だがクィースは布団叩きで叩かれても平然と枕に突っ伏し直してまた寝息が聞こえてきた。


 これにはもう、シオンもキレる。


「ふぇっ!? はにゃあああっおぶッ!?」


 キレたシオンは実力行使を本格開始。寝台、少数だが前衛系の戦士が家系にいる女子向けに寝台は耐重量百キロで寝台自体も総重量三百キロという重量がある筈が、シオンはそれを片手でひょいっと掴んで布団の中身、つまりクィースを寝台を振ってポイ捨てした。


 ある意味の放り投げに遭ったクィースは珍妙な悲鳴をあげてシオンが使っている寝台のヘッドレストそれも角にデコからいったっぽい。額を押さえて呻いている。


「起きたか、難聴娘」


「いつつ……、ちょ、シオン!? 朝からいきなりなにすんの!? って、寒っ!?」


「難聴ついでに鈍珍にぶちん、さっさと着替えて支度せよ。もうすぐクルブルトらが来るぞ」


「ええ? 嘘っ!?」


「嘘は好かぬ。やりたければ素っ裸で出迎えてやればいい。貧相好きも世の中いるしな」


「ちょっと! 自分がセクシーだからってどういう暴言それ!? って、この気温ですっぽんぽんになっていたら、しかもその状態で出迎えたらド変態さんだよ!」


「負の武勇伝だな。珍奇伝でもいいが」


 言うだけ言って、暴言かますだけかましてシオンは寝台を元の位置に戻し、居間に抜けていった。クィースはどこか釈然としない様子で寝台に戻り、自分の携帯端末を枕の下から手繰り寄せた。で、起動してびっくり。たしかにもう約束の時間までほんの十秒。


 クィースは大慌てで寝間着代わりの部屋着を脱いで胸部のささやかさにつける下着に手を伸ばした、と同時に居間からノックの音が聞こえてきてガチャ。止める間もなかった。


「……」


「……」


「……悪ぃ」


「ふぎゃあああああああああ!?」


 いつも、シオンが来る前まで三人ででかける時、起こしに来るのはザラだった。ザラの実力行使がなければ布団を放せなかった。だから寝間着を見られるだけだった。なのに、今日はシオンが先んじて起こしていた善意なのか知れない不運でほぼ全裸を見られた。


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