三十七話――クィースの家庭事情


 つまり、いい、ということだ。そうとなればクィースの手は早い。早速匙を手にしてシロップをシオンなら「おえ」と言いそうなほどかけてぱくり。そして幸福の満面笑顔。


 安い幸福だなぁ、とシオンが思ってしまったのは仕方ない。が、とはいえ学生で奨学金をもらっているのならクィースもそんなに懐が暖かいとは言えない。家庭も裕福でなければそうそう甘味など貪っていられない、ということだろうか? いや、だがしかし。


 ここは戦国ではない。王族や貴族の腹におさまる為につくられている、と言っても過言でないくらい甘味はあの島国では高価だった。まあ、どこぞの王女様は鷹の説教があろうともサイに付き添いを頼んでしょっちゅう城下の飴屋に買い食いにいっていたが。


「ここでも甘味は高いのか?」


「かんみ? あ、ひょっとしてお菓子とかのこと? そんなことないよ。特にこの国は」


「ふむ。己があまりに幸福そうに貪っているので国の水準的に高いのか、と思ったのだが否か……謎は深まったというか迷宮に突入だな、ミンツァ。それとも小遣いが少ないか」


「え? ……あー、そのなんというか」


「言いたくなければ訊かぬ」


「いや、そうじゃないけど……。てか、結構同級生はほとんどのひとが知っているし」


 じゃあ、なんだ。と思ったが突っ込まなかったシオンは残りのクローフを食べ切ってクィースに興味なしを伝えるのにそっぽを向いたが、その向いた先でこそこそくすくす笑い声が聞こえてきた。まあ、おそらく常人には聞こえないだろうがシオンは除外される。


 それとなく聞き耳を立てていると「学なし親なしのミンツァがお外で呑気にランチしてやんの」とか「親の残した金無駄使いじゃね?」や「奨学金も無駄だろ、よく払う気になったな、行政」と聞こえてきたので、シオンは席をゆっくり立って瞬間、姿を消した。


 これには幼馴染三人びっくりである。目に留まらぬ、と言うが本当にそんな御業を持つひとがいるなんて、と、ってか何事? とか思っているとシオンが再び現れた。両手にわけがわからず困惑顔の男子学生らしきふたりを引っ提げ、ついでポイ、と捨てた。


「学が少ないのは当人の努力云々かもしれぬ。が、親の不在を笑う……どういう神経か」


「なっ、そそんなこと言って」


「私に、嘘を吐くな」


「ひっ!?」


 シオンから、その言葉から漏れでる殺気に中てられて男子ふたりは竦みあがっている。そしてさらに、シオンの文句を聞いていたヒュリアとザラが立ちあがって鬼相を浮かべたのでふたりはさらに縮みあがる。ひょんなことでうっかり失禁しそうなほどに。


 ふたりのあまりの形相にクィースまでびびっているが、彼女はシオンの文句を聞いていてもその男子たちがなにかしら体罰や処刑を受けないで済むように「いいから」とばかりふたりの袖を引っ張っている。だが、ザラはとうに導火線に火がついている。


 そして、いつもならストッパー役になってくれていたのだろうヒュリアまで殺気立っているときているので、もうクィースには収拾がつけられない。ザラひとりでもちょっと無理なのに。この上ヒュリアまでとなると、正しく困った二乗になってしまうのである。


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