三十八話――友人の為に燃やす怒り


「クィースの両親がなんだと?」


「あなたたちのお喋りの内容次第ではこの国から永久的に追放するようにするわよ?」


 ふたりからの脅し文句に、その迫力に圧され気味の男子たちだが、別にやましいことを言ったつもりはない。ただ当然にクィースのことをバカにしただけだ。なのに、国外追放だなどと性質の悪い冗談だ。だが、冗談にできない。ふたりの目が本気だと語っている。


 目は口ほどに……以上にものを言っている。いっそ恐ろしいを通り越し、毒々しいとすら思える殺意にも似た怒気。クィースの両親はやはりなにかしら訳あり、というからしい。死んだのか、蒸発したのか知れねどそこには冷たい事件性がただよう。


 少なくともザラとヒュリアの様子からしてなにかしらの悲劇だったのだ。クィースに両親がいないことは。シオンなど、あの毒親ふたりが死んで清々しているのでなんとも思わないのだが、世間一般に親の不在はやはりかなりショッキングなことらしい。


 ――ネェリィエ。


 ――ん?


 ――ルゥリィエ。


 ――なんですか?


 ――大好きだよ。


 ふと不意に頭に響く声。ネェリィエとルゥリィエ。知らないのに知っているふたりへ向けて幼いシオンとヒサメの声が大好きだと紡ぐ。その声にこめられた愛の無垢なこと。無邪気なことといったらない。なのに、ふたりはなぜか困ったような顔をするのだ。


 見えない顔。なのに、困っているとわかるイミフ。ふたつ揃えて抱えてシオンはわけがわからなくなる。「ネェリィエ」と「ルゥリィエ」というのはなんなのか。何者なのか。


 わからない嘆きともどかしさがシオンを内側から攻撃する。寄せては返す波のようにシオンという岩礁を削っていく。そして、削られてもシオンはなにも言えない。そういう場所に立っているのだ。だから「どうしようもない」と割り切るしかない。


「どうなんだ、吐け、おら!」


「そうね。一応言っておくけど私如きの権力でも害悪な蟲を追放くらいできるのよ?」


「だ、だから、その、誤解」


「シオンが嘘を吐く筈ないわ。クィースのご両親、もしくはクィースへの不愉快な態度を今すぐ改めて地べたに這い蹲って謝罪なさい。じゃなきゃ許さない。絶対、絶対に」


「ちょ、ちょちょちょヒュリア!?」


「当然でしょ。友人への侮辱は私への侮辱ですもの。しかもひとの痛みをつつくなんて」


 ひとの痛みをつつくなんて……。ヒュリアはすべて言わなかった。言わなくても充分伝わると思った為だ。わからないならばそれは凡愚もいいところ。否。それ以下だ。正しく彼女が言うところの害悪な蟲。ひとの苦しみを嘲ることはヒュリアの中で重罪。


 シオンにわかるようでわからない、少し不思議な罪の尺度だ。シオンはそもそも友がいなかったので友人を思いやるふたりの怒りがなかなか不思議。てっきりクィースが怒ると思ってきたのに。キレたのはその友人ふたりの方。……ミニイミフ。


「クィース、お前もなんとか言え」


「え? い、いやぁ、そう言われても」


「遠慮は要らないわ、クィース」


「いえ。あの、ですから……」


「じゃ、リンチでいいな?」


「じゃ、リンチでいいのね?」


「えぇえええー……」


 揃ったふたりの「リンチ」。まあ、クィースの反応はわからんでもない。つか、御令嬢がリンチとか乱暴な言葉使ってもいいものなのか、その辺の方がよほど不思議だ。


 ただ、あまりのんびり眺めているわけにもいかない。ふたりは、ザラとヒュリアは本当にリンチを男子たちにかけようとしているからだ。持ってきておいてなんだが、シオンが一応止めに入る。クィースが全然役に立たなさそうだから。当然ふたりは不可解。


 ゴミ二匹を持ってきたシオンがなぜ、どういう理由でリンチを妨害するのか意味がわからないのだ。だがしかし、一応シオンは推測でも正しかろうことを述べておく。


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