三十六話――当初の疑問、机に答あり


「はにゃ? クローフだ。どうしたの? ザラ以上にすごくお腹すいていた、とか?」


「店主の粋な心づけだそうだ」


「こころづけ?」


「おまけ、とでも思っておけ、バカ」


「んもーぅ! 一言多いぃいい!」


「ミニぷよ子豚ではなく牛を目指すのか」


 ひでえ。かなりひどいことをそれと思わず言っている辺りが余計にひどすぎる。クィースに集まる同情の視線。が、もうクィースはぶっすーと膨れてシオンを恨みがましく睨むだけに終わり、口を開かない。開いても暴言が返ってくるだけ、だと学習したようだ。


 乾いた笑いで見守っていた友人ふたりもシオンのひどさ、無自覚な情け容赦なしをしばらくは見ていたが今は腹ごしらえだ。と、まあ、結論してそれぞれに食器を取り、食事をはじめた。なので、クィースとシオンもそれぞれの定食に手をつけていく。


 三人共シオンと違う定食らしく主菜が違う。副菜はそんなに変わりない。サラダほうれん草と赤白の二十日大根。彩りにトウモロコシの粒、ただし、大きすぎるのが添えてあった。なんだこれ、化け物トウモロコシか? と思って食卓を見渡す。


 と、野菜のお品書きらしきものがあったので手に取って見る。なんでもヤングコーンならぬ特大キングコーンの粒だそうだ。他の野菜もすべて無農薬栽培のニグァタ地区産のものばかりを使用しているそうで店主ポポナのこだわりがよくわかる、というものだ。


 なのに、この貧乏財布にも優しい価格設定はありがたい。主菜もボリュームがあるし、主食はトーストしたベーグルが二個。しかもドリンクつき。さらに主食はおかわり自由ときているのでもうなんというかサービスがよすぎる。経営大丈夫か? と思うほど。


 でも、経営がなっているので妥当なのだ。が、ちょっと謎だ。もしここにザラのような大食らいが団体できたらどうするのだろう? さすがにサービスを締めるだろうか。じゃないと、余裕で、一日で潰れてというか潰されてしまうに決まっている。間違いない。


「団体客は」


「ああ、基本お断りだよ。できるだけ多くのひとに、区民に利用してもらいたい、がモットーだからさ。多くても五人まで、だったかな? たしか。団体さんの利用は」


「サービスの限界が故でなく、か?」


「ほえ? ……ああ。そういうのじゃないよ。このパンもポポナおばさんの実家がパン工房だから安くあがっているし、野菜もおばさんが直接農家に買いつけにいっているし」


「ふむ……?」


 納得している、理解しているのかいないのか微妙な音を零してシオンは机に置いてある使用食材の品書き三角柱の別の面を見てみた。そこにシオンの疑問が書いてあった。ルビーナなど定食メインの原材料、もとい家畜や魚についてだ。遺伝子組み換え食用家畜。


 ウランタは鯵。ルビーナは鶏の後発品種。トーチトチは豚の改良品種。ククッペは牛の代品種だそうでどこの牧場や豚舎、鶏舎から買っているかも記載がある。


 まあ、どうせ調べればおおよその場所は特定されるだろうし、ならばと敢えて包み隠さず公表しているのかもしれない。そういうところも含めてのポポナの人格、なのだ。


 このおドジがここほど懐いているのにはなにか理由が他にありそうだが、さすがに踏み込んだ質問。そんなこんなと思って考えているとクィースたちの会話が聞こえてきた。このあとどうしよう、とか、一旦寮に帰って荷物を置いて遊びにいこう、とかだ。


 また人混みにでるなどと拷問だ、と思っているシオンは無視のフリでおまけにつけてもらったクローフに匙を入れる。ふんわりとろり、とした質感はムースだろうか? しかも珈琲の風味とくればティラミスを思い浮かべるが……なんて想像しながら一口。


 しかし、それはシオンの知っているティラミスの常識を覆す味だった。苦香ばし美味いとでも言えばいいのか。ガツンと珈琲の風味が来てそこに思いだしたように濃厚な乳の風味が優しいバニラのムースが苦みを中和する。さらに上にはキャラメルの層がある。


 おそらくこれが香ばしさの正体。これなら甘いもの苦手でも食べられるし、付属の珈琲シロップを垂らせば甘党さんにもうける。なるほど、よく考えられている。


 などと思ったのが悪かったのか、誰かさんの視線を感じてシオンはため息ひとつ。


「欲しいならば言え、ミンツァ」


「ほへ!? え、え、なんのこ」


「あ?」


「……ぁ。す、すゴく欲シイでス」


「ん」


 シオンの「嘘つくな」な一言恫喝。一瞬以下で敗北したクィースの空いている皿にクローフを半分ごっそり乗せてやり、付属のシロップも渡す。クィースは「こんなに!?」と驚いているようだったが、シオンは気にせず自分のクローフを無言で味わっている。


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