三十五話――青年の問い。店主の心づけと頭痛


「戦国で、そのどういう役を?」


「傭兵職だ」


「えと、どうだった? やっぱ殺しは日常茶飯事なのか? ずっと戦で病まないのか?」


「殺伐がすぎるな、その印象は。戦はあれば起こるだけだ。ない時には平穏が呼吸する。その時間を戦国の人間はこよなく愛している。誰も好き好んで戦に身を投じぬ」


「けどよ、しょっちゅう戦争をしていて、そんな頻発していて、あれ、よく心がもつな」


「それぞれ譲れぬものがある。命を懸けてでも、な。そのことを誇りに胸に御旗と掲げ戦闘に参ずる。どんな凄惨さも、無慈悲も、理不尽も清濁併せ呑む。それが戦国の戦士だ」


「……」


「甘いことを言うのもいるが奥底に横たわる誇りは同じものだ。だから、気高く美しい」


「……お前は」


「ザラ君、シオンちゃん、できたよ~」


 気高く美しい。そう言ったシオンの横顔になにか知れぬ憂いがあるような気がしてザラが問いかけかけたがそれよりもポポナがふたりを呼ぶ声の方が早かった。


 シオンは身を起こし、ザラも遅れて背を壁から離してシオンを追い抜いていく。


 その際、シオンの顔を盗み見たザラだが、シオンは元通りというか、最初と変わりない無表情の美貌で、表情に憂いの類は見受けられなかった。気のせい、かな? と思うことにしてザラはポポナから定食のトレーをふたつ受け取って残りをシオンに任せた。


 シオンはひとつ頷き、返事に代えてポポナの待つ出窓に近づく、となぜか甘香ばしいにおいがした。見ると、ふたつの定食トレーの内一枚に見たことあるようなお菓子の皿が乗っていた。誰か菓子を、食後のデザートを頼んだのか? と思ったが、思い当たらない。


「デザートは誰も」


「ふふ、はじめてさんにご挨拶と第三大通りの事件解決の功労賞を私からね。伝統のお菓子でクローフだよ。珈琲の風味が特徴でね。そんなに甘くないし、よかったら、ね」


「よいのか?」


「いいの、いいの。ほんの気持ちだから」


「……いただこう」


 母親のように包容力深いポポナの笑み。心地いい笑みだ。これを断るのは一苦労どころではない、と思ったのでシオンは素直に受け取った。ポポナは優しい目でシオンを見つめてくるので心臓がざわりと騒ぐ。もしも、こんなひとが母だったなら……その時だ。


 ――……――さないで、さい。わたくしたちを……絶対に。お前たちだけは絶対に。


 ――誰? なに? なにが、なにを?


 シオンの中で膨れる疑問。頭の中で喋る誰かはしきりによくわからないことを言う。特にお前たち――シオンたちだけは絶対に――してはならない、自分たちを。


 そう言っている。だが、肝心な部分が搔き消されているのでよくわからない。どうしろというのか? 言いたいのか? ……イミフ。だが、どうしてかその声に泣きそうになっている自分がいることにシオンははてな。なにも泣きたいことなどない、筈、なのに。


 突然の頭痛を堪えてシオンはトレーを何事もなかったように受け取り、クィースたちを探す。すると、テラス席にその姿。ドジが両手を大きく振ってアピールしている。そんなことしなくともわかるのに。何気にバカにされた気分だ、と被害妄想。


 無駄に元気でバカ臭い女に定食トレーを渡し、自分のトレーを机に置いてシオンも腰掛ける。すると、クィースの目がすぐさま、シオンのトレーに乗っているものを見つけた。


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