二話――聞こえてきた声、三つ
「んーん? まだ目、覚めてないかな?」
「でも、もう三日になるわ」
「そろそろ医者に連れていくべきだろうな」
「ザラ、意地悪言わないの。身分証明書持ってないひとをどこのお人好しが診るのよ?」
「う、そそんなおっかない目で見んなよ、ヒュリア。ちょっと、その、冗談だっつーの」
「もう、本当に男の子ってバカね。言っていい冗談と悪い冗談があるわ。ね、クィース」
「ホントだよ。非常識なこと言わないでっ」
……。なんだろう。なにか揉めている臭い。しかも私のことで。と、いうか三日?
「長々すまぬ」
「うひゃにゃあぁああ!? うわ、わわわ、ふわきゃにょおぉおお!?」
どうしたことだ。急に、ものすっごく急に礼を言う気が失せてしまった。それは多分でも絶対扉の前にいた女の反応と珍妙な悲鳴のせいだろうな。……どんな奇声だ。
しかもそれだけ、奇声だけではない。女は驚くあまり飛びあがったと思ったら慌てて後退りしようとして足を縺れさせ、盛大に転んだ。まあそれも、それだけならいいが、転んだ拍子に軽く飛んで舞った屑籠が女の頭を丸呑みしたのはもう、なんだ、奇跡か?
「あうえい、真っ暗! 真っ暗なんで!?」
「……。頭の屑籠を脱げ」
「ひにゃ、ばっちい!?」
言いながら女は慌てて屑籠を脱ぎ捨てる。が、その際入っていたゴミがものめっさ零れて女の頭に積もった。これはなにか、憐れめ、という天の啓示か? 特に憐れみを誘うのは蜜柑の皮。さして高くもない鼻の上に引っかかっている。なんというドジっぷり……。
ドジ女を観察していると、見かねた様子でもうひとり女が視界に入ってきた。金髪に青い瞳の美女。彼女は苦笑しながらドジの鼻に引っかかっていた蜜柑の皮を取ってやっている。そしてもうひとり今度は男、青年くらいの歳に見える男が視界に現れる。
紺色の髪に藍色の瞳の美男。しかもかなり恵まれた体をしている。ココリエがもやしに見える。……。自分で思考にあげておきながら、どうして傷つく、私。イミフ。
でも、きっと彼が私の殺害に罪を見て、苦しみ暮らしていることを案じているのが心苦しいのかもしれない、と結論しておいた。以上を考えるのは本当に辛い。多分、割り切れていない。私を忘れて心穏やかにすごしてほしい、と願ったのはほかでもない私なのに。
なのに、それなのに、忘れてほしくない、と我儘を思う私がいる。それはきっとやっと見られる容姿になったのでこみあげる気持ち。元のままだったなら考えもしなかった。
――ああ、やはり、神は意地悪だ。
「いつものことながら大丈夫?」
「うう、一言多いよ、ヒュリア」
「いや、でも事実だしよ」
「ザラもひどい~」
……どうすればいい。このまま友人(?)寸劇を見ているのは別にいいが、私の存在を忘れられては困るのだが……。思って珍事を起こしたのも含め三人を見る。すると、気づいた金髪美女がにっこり笑い、なにかの手帳、上等な革の手帳を寄越してきた。
「はじめまして。こういう者よ」
「? 自己紹介くらい口頭で」
「え? ……それは法律違反でしょ?」
「法律?」
法律違反というと、規律を乱した者になにがしかの罰をくだす、というやつか? しかし自己紹介程度のことでそんなものがでるとは、ここは、いったいどこだ?
まあ、だが、法律なれば仕方ない。三人が着ている衣服からしても絶対にここはあの島国ではないのでそこの法律に従うのが礼儀。思って手帳を広げる。目の前にいる美女の上半身写真が貼ってあり、名前、所属、住所などが書いてあった。彼女の名前……。
「ヒュリア・N・バデトジェア?」
「ええ。ヒュリアって呼んでちょうだい。んと、記憶がこんがらがっているのかしら?」
「いや、特にそういうのはない」
「んー? じゃあ、どうして世界法律のことを知らなかったのかしら? 記憶に不備がないなら……そうね、あなた、どこから来たのかしら? それと一応名前聞かせて?」
一応。一応、ね。どうやらかなりがっつり疑われているようだな。いや、普通か。
まわりを見てみるもドジ女はまだゴミ取りに格闘中だし、青年の方は私が妙な動きをした時、というのに備えて構えている。よって、助けは希望できない。だが、それならばなぜ私を介抱したかのような会話が聞こえてきた。偶然見つけて放っておけず、か?
でなければエネゼウルの、あの衣装のままの私を怪しんで手を触れることもなかっただろうしな。だが、さて、どうしたものか。名はとにかく、この様子では姓も要る。
ただ、考える時間はほんの一瞬で済んだ。いつもココリエが言っていた。その単語と適当に思いついた単語をあわせるだけで即席だが、いい感じの姓ができた。
相手の男女はじっと待ってくれている。
私は現状理解の為にも名を口にした。
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