一章――目覚め
一話――イミフな目覚め
「……」
不意に、意識が明瞭になる。先までのふわふわ揺蕩う感じじゃない。明確に意識が覚めた感覚にひとりイミフする。それとも、ようやく地獄に、
でもそれにしては妙だ。暖かい。ぬくもりに包まれているのが遠い意識の果てでもわかる。脳が命じ、指が動く。柔らかな布をこする感覚。なんだろう? これが永眠から覚める感覚だとでも? と、おバカ丸だしの思考を遮る爽やかな風が頬を撫でる。
柔らかな風に触れられて私は途端わけわからなくなった。どうして? こんなにも風が柔らかい?
外から聞こえてくる音は遠い。どこか高所にいるのか、遥か下からの音はわずか。車の音がかすかに聞こえてくる程度。そして、閉じた瞼の向こうには明らかな光がある。
どうして? 死んだのに……。死んで、私は光に還って消えたのに。どうして感触がある? どうして……私は誰だ? 輪廻も転生もならないと聞いていた。なのに、なぜ?
「……シ、オン?」
零れる掠れた疑問。自分の名を呟く。誰かからか教わった仮の真名。それは、あの日の浜でヒサメに持っていてもらいたいと言ったものと同じ。だから、戸惑う。
本当に、私は、誰だ?
でも、すぐ私の思考は切り替わる。くだらない、とそう切り捨てて切り替わった思考は現状をより正確に掴んでおくべき、と訴えているのでそのようにする。閉ざされていた瞼がかすかに震えるのがわかる。まだ覚醒を渋るように。が、無理にでも開く。
すると、目の前の少し遠くに淡い黄土色の空が見えた。いや、そういう色の天井? 結論をまとめると同時に視界の端から新しい情報が揺れて流れてきた。爽やかな透ける白としっかりした桃色の布が波打つようにひらひらと風に泳いでいる。
ものは試し、と言う。ふっ、と軽く腹筋に力を入れて起きあがり、
どこまでもくだらない景色。だが、現在地はかなりの上階にあると思われる。視界を埋めるものが空の青と雲の白のみ。他の建築物らしきもの、遮蔽物は見受けられない。
つまらなくなってきたので右を見る。寝台が、私の寝ていたものも含めて四台あり、奥側というか部屋の出入口付近には鏡台と椅子。……。不意に、そこまで視覚情報を取り込んで気づく。今の私はなぜか両目で、ものを見ている、情報をえているということに。
呪われた左の目玉はカヌーが抉り取っていった筈。ならば、今私の左目はどうなっているのだ? もしかしてまた、呪われた目を持っている? ……なんだかいやだ、それ。
ゆるゆると寝台からおり、鏡台の前まで左目に手を当てて隠しつつなぜか忍び足。どことも知れぬ場所で寝かされていたといえ、迂闊はできない。鏡の前に立ち、深呼吸。
思い切って、勇気をだして左目を確認する。が、結果は拍子抜け、と言うとなんだがある意味意表を衝かれるような感じで、左も右も金色の光沢を帯びた銀の瞳だった。
生前よりも研きがかかって奇妙な色だ。金剛石に似て、でも宝石らしからぬこの雰囲気はなんだろう? 瞳孔に問題があるのか? 鋭い、針のような瞳孔を少し緩めてみてはどうだ? と無意味なことをしていると、部屋にノックの音が聞こえてきた。
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