零話ノ参――ルゥリィエとネェリィエと闇


 優しさと慈しみに満ちた子守唄だけでもありえないのになんなんだ、これは。イミフ。


 私、どうしたの、私?


 いつの間にか頭を強打しでもしたのか? でなければこんな甘ったらしい蜜のような幻見ようと思っても見ることなどできないのに。しかも、私の中の私がこれは自分の記憶だと強く訴えてくる。本当に、どうした、私。私はひとりだけだ。もうひとりなどいない。


 ああ、それなのに、私の正気があるそのうちにくだらないこの夢幻を削除しようとするのに邪魔をする私の中の私。どうして邪魔するの? こんなに苦しいのに、なぜ?


 けれど、そんな私を余所に夢の中の私は「ルゥリィエ」というひとに甘える。


「ルゥリィエ~、抱っこー」


「抱っこしながらはつくれませんよ、――」


「じゃあ、おんぶして」


「――、もう少しの辛抱ですから」


 なんなんだ。この平和すぎる一幕は。でも、今最大の謎は「ルゥリィエ」に甘えるこどもふたりが私とあのコ、サイとレンだということ。わからない。誰か、教えて?


 わかるのは、私たちはこのひとのことが好きで、大好きだったということ。レン、ヒサメも私、シオンもこのひとに愛されて、このひとを慕っていた。家族、とふと思うほど。


 けど、もう、私はこのひとのそばにはいけない。だって、私は――じゃない。シオンであってもサイだから。狂おしく想っても想っても、叶わない。無性に淋しい。


 このひとは誰、私のなに? ――をつくってくれている広くて大きな背。黒い髪、黄金の艶いただく黒髪。……私と同じ髪だ。でも、いつかどこかので「わたくしの髪はお前たちのどちらにも似ていない」と言われた覚えがある。いや、でもそっくりなのだが。


 違う点、といえばどこかこんがらがった複雑な編み込みお団子髪である、という点。たっぷりと大きなお団子髪は左右に揺れないよう、頭にはめた環で止められている。


 台所で――をつくってくれているそのひとの背をヒサメと並んで見ていると背後で衣擦れの音がして、振り返るとそこにもうひとり、私たちの大好きなひとがいた。


「ネェリィエー」


 どういうわけか顔の造作が見えないのに唇はにっこり笑っている。咲く大輪の笑み。


「――、お手伝いでも?」


「い、いえそんなどうぞ、かけて」


「だ、そうです。ふたり共、これへ」


「はーい」


 そのひとの言うことを素直に聞き、私たちはそのひとについていき、膝に乗せてもらった。ああ、やはり、これは夢か。じゃなきゃこんな優しい温度はない。覚えてない。


 考えているうちに私の意識はまた暗闇に呑まれてどこでもないどこかに消えていった。


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