遺体を引取って、その後火葬した。

 千代野は小さな骨壷に収まって、こんなに小さくなってしまうのかと遠くに思った。……ああ、佳代たちを火葬したときも確か同じような感じだった。ぼくはまた繰り返している。


「う……ぁ………うぁぁぁぁぁっ!!!」


 たくさん泣いた。三十五の男がみっともないかもしれない。家に帰ったあとも、3日3晩どころじゃなく声も涙も枯れるくらい、死ぬほど泣き続けた。心が悲鳴をあげていた。こんなにこんなに痛い。苦しい。虚しい。つらい。うまく言葉にできないまま、ぼくは叫び続けた。

 涙も枯れ果てた頃には、千代野や佳代、ふわりの幻覚を見た。まったく仕方がないなあって顔をして、千代野と佳代が顔を見合わせて苦笑する。ふわりは二人の真似をして仕方ないなあ! と元気に言うのだ。


 ――いつまでも泣いてちゃダメだよ!


 キミが、キミたちがそう言うなら、ぼくはクヨクヨしてはいられないな……。ぼくは、駄目な大人だから、進むのには時間がかかるけど……それでも、進むよ。キミたちを忘れることなんて決してないけど、キミたちを枷にしたいわけでもないから。


 抱えて、歩いていくよ。


 雨の音を聞いて、目を閉じる。大きく、ゆっくり息を吸って、それから吐いて。

 起き上がって、まずは溜った洗濯物を洗濯機に放り込む。それから掃除機をかけて、玄関をほうきで掃いて。ある程度片付いたら、作業机に原稿用紙をドサッと乗せる。さぁ執筆しよう、ぼくは小説家なんだから。


「………前に、出会った頃に、自分の話を書いてくれとぼくに言ったね。……いいよ、わかったよ。そんなに言うなら書いてやるよ。千代野が主人公の………ハッピーエンドの御伽話を」


 寝るのも食べるのも忘れて没頭した。


 女の子が冒険をして感情の欠片を集める話。つらいことも悲しいことも、悪いことじゃない。嬉しいことや楽しいことと同じくらい大事な感情で、大切な思いだということに気づいていく。そして最後に、いろんな欠片をひとつにした幸せの宝石を手に入れるのだ。

 その宝石は空へ放たれて、キラキラしながら世界中に幸せとなって降り注ぐ。めでたしめでたし。そんな話だ。


 完成した小説は無事に出版された。きっと、手にとってくれた人たちに幸せと希望を届けていることだろう。……千代野が、届けているんだ。

「あぁ、あの藤の木、今年からはぼくが手入れをしないとな」

 生まれ変わった千代野が、ぼくを見つけられるように。生きている、ぼくが。


 雨上がりの庭で、藤の花が風に揺れた。


 ――藤の花が咲く頃、キミを思い出す。

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フェアリーテイルの亡骸 おきゃん @okyan_hel666

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