第3話
そして、マミの助けになればと、大した蓄えはなかったが、少し融通した。すると、お礼にと、ラブホテルに誘った。
「そんなつもりじゃ……」
「ええ、分かってるわ。でも、私がそうしたいの。……あなたのことが好きだから」
マミはそう言って、すがるような目を向けた。そして、マミの弾むような乳房に触れながら、その若い肉体に溺れるのを感じていた。――
マミを知ってからは、芳美を抱けなくなっていた。
「上司との徹夜麻雀で疲れた」
そんな嘘を言い訳にして……。
それで芳美が勘付いたのか、
「……母の具合が良くないの。暫く行けないわ」
そんな電話を寄越して、来なくなった。
俺はこれ幸いとばかりに、マミと頻繁にラブホテルで会った。そして、その度に、幾らかの金をやっていた。――そんな関係が数ヵ月ほど続いた頃だった。気が付くと、蓄えが底を突いていた。
そんな時だった。開店して間もなく、矢田が血相を変えてやって来た。
「マミを知らないか?」
「来てないけど、どうしたの?」
ただ事ではない矢田を、タヌキが心配した。
「……騙された」
矢田が肩を落とした。
「騙されたって、何を?」
矢田の肩に手をやると、座らせた。
「……金を」
矢田のその言葉に俺は
「金って、いくら?」
丸椅子のタヌキが、親身になって訊いた。
「百万ぐらい」
「百万?」
タヌキが驚いた。
「老後の生活費にと、コツコツ貯めた金だった」
「どうして、そんな大切な金をやったの?」
「弟の学費と母親の入院費が必要だと言われて」
(! ……)
俺に言った内容と同じだった。……俺も騙されたのか?
「月末に少し払えるからと言うんで店に電話したら、辞めたって。行方を
「……そんな子に見えなかったけどね」
タヌキがため息を
「俺だってそうだよ。清潔感があったし、
矢田は、ヘルプが作った焼酎のウーロン割りを一気に飲み干した。
……俺も、矢田同様に餌食にされたのか。深い失意の底に落とされた思いだった。
それは、出勤前のコーヒーを飲みながら、テレビのニュースを観ている時だった。
「――詐欺の疑いで逮捕されたのは、クラブホステス、
「アッ!」
思わず声が出た。テレビに映ったその顔は、紛れもなく、マミだった。
「――調べによると、店の客を言葉巧みに騙し、相当の金銭を得ていたとのこと。他にも余罪があると見て、捜査しています」
……詐欺容疑? 最初から金が目的だったと言うのか?あの微笑みも、あの涙も、すべてが演技だったと言うのか?
初めて出会った時に抱いた、マミへの淡い恋心が、俺は、……悔しかった。
それは、雨の夜だった。店の前で拾ったタクシーに客を乗せると、ビニール傘を差して見送っていた。走り去ったタクシーにお辞儀をしていると、後方から走ってきたバイクの音と共に、ヘッドライトが俺の背中を照らしていた。振り向いたそこには、俺を目掛けてくるバイクの
足に怪我を負った俺は入院を
見舞いに来た榎田から貰ったピンクのガーベラがある病室の窓からは、
「はい、どうぞ」
と答えた。だが、違っていた。開けたドアのそこには、作り笑いをした芳美の顔があった。俺が驚いていると、
「大丈夫? お見舞いに来たわ」
そう言って、手にしたオレンジ色のガーベラを肩口に上げた。
「……ありがとう」
「あら、ピンクのガーベラ、綺麗」
そう言いながら、同じ花瓶に挿していた。
「……どうして、知ったんだ?」
「どうしてだと思う?」
「……さあ」
「一度、尾行したことがあるの」
「……」
「他に女がいると思って。そしたら、女装バーに入ったから、びっくりしちゃった」
芳美は、窓辺から空を見上げていた。
「……言えなかった。馬鹿にされると思って」
「あら、どうして? 立派な職業じゃない」
顔を向けた芳美が微笑んだ。
「……えっ?」
それは、意外な答えだった。
「だって、あなたが好きでやってるんでしょ?あなたの天職なのよ。きっと」
「……かな」
思いもしなかった言葉が芳美の口から告げられていた。
「……母が死んだの。末期がんで」
「えっ?」
「で、東京に引っ越そうと思って。会社にも近くなるし」
「……」
「アパートでも借りるわ」
「な?」
「ん?」
「……一緒に暮らさないか」
「えっ?」
「……言うのが遅くなったけど、……結婚しないか」
「……本気なの?」
「ああ。……何が大切なのか、分かったような気がする」
「……あなた」
芳美は傍に来ると、俺の手を握った。
「悪かった。気付くのが遅くて」
「ううん」
「時間帯が逆になるが、いいか?」
「ええ。これまでのように、休日にいっぱい甘えるから、大丈夫」
そう言って、優しい目で俺を見つめた。
大切なものが何かを教えてくれた芳美に感謝した。そして、俺を分かってくれていたのも芳美だ。少し遠回りしたが、芳美が三十歳になる今月の誕生日に籍を入れよう。芳美との新たな生活に、俺は大きな夢を膨らませていた。――
完
道化への報酬 紫 李鳥 @shiritori
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