9.賑々しく夜は深ける

「長かったような、短かったような」


 ユキトが何を見ているのか気がついたツカサが、何処かで聞いたようなフレーズを口にする。


「終わってみると、あっという間だったね」

「五日目ぐらいで心折れかけてたけどな。全然「星の欠片」溜まらないし」

「イベントに参加してる人が少なかったからね。でも後半はかなり追い上げたと思うよ。ハル君のおかげで」


 自分の名前を呼ばれて、ハルがアイスに伸ばしかけていた手を止める。その顔には既に眼帯はない。だが、日焼けによって白い縁取りが出来てしまっていて、どこか戯けたような雰囲気になってしまっている。


「運が良かったんだよ。オレがやったのは、ゲームの配信で話題に出しただけだからね。和風シューティングゲームで神社みたいなマップがあったから、上手く客層に合致したのかも」


 一応は謙遜しているようだったが、表情は誇らしげだった。インターネットの動画配信サイトを使って、ハルはゲームの実況をしながらNyrのことを口にした。翌日からアプリにログインするユーザの数が跳ね上がり、星の欠片の数も見る間に増えていった。


 無論、ハルは絶対的な勝率があって、その行為に及んだわけではない。だが、少しでも参加者を増やそうと努力はした。Nyrと同じような「誰かの依頼を叶える」ことを主軸に置いた「神社が出てくる和風のゲーム」を選び、出来るだけ多くの人間に見てもらえるようにソーシャルネットワークサービスで宣伝をした。


「ハル君がここまでやってくれるなんて思わなかったよ」

「同意。こういうの冷めた姿勢で取り組みそうだもんな」


 揶揄うようにユキトたちが言うと、ハルは小馬鹿にしたような笑みを返した。


「無気力がかっこいい、なんて時代は終わったんだよ。今の時代に求められてるのは、責任力と……」

「ごめんなさい、遅くなっちゃった!」


 そこに駆け込んで来たのはナオだった。石段を駆け上がってきたらしく、額からは大粒の汗が垂れている。天井の明かりが照らした頬は赤い色に染まっていた。

 手には大きなトートバッグを提げている。緩いタッチで描かれた、犬とも猫ともわからないデザインは、中に入ったもののせいで歪んでいる。トートバッグの口からは、派手な色をした棒状のものがいくつも突き出していた。


「ナオちゃん、お疲れ様ー」


 れんこが労りの声を掛けながら、透明な使い捨てカップに入ったサイダーを差し出した。ナオは飛びつくようにそれを受け取ると、喉を反らしながら中身を一気に飲み込む。耳を済ませば嚥下音まで聞こえそうな、豪快な飲みっぷりだった。


「何持ってきたんだ、それ」


 ユキトはトートバッグの中身を覗き込み、そしてすぐに正体に気がつくと口を半開きにした。


「花火?」


 派手な色の正体は、手持ち花火の装飾部分だった。赤と黄色の縞模様のもの、白い星柄をランダムに並べた青いもの、「瞬間爆発!」と力強いフォントで書かれた黒いもの。それらが数十本以上、新聞紙にまとめられた状態で入っていた。


「この前、町内会で使う予定だったんだけど、雨で中止になった分だって」


 二杯目のサイダーを飲みながらナオが説明する。


「全部使っていいって言われたから、持ってきちゃった」

「花火久しぶりかも」


 嬉しそうにツカサが言った。打ち上げ花火は夏ともなれば色々な場所で見ることが出来るが、誰かと集まって遊ぶ手持ち花火は、中学生以上ともなると殆ど縁が無い。


「流星群が流れたら、皆でこれでお祝いしようか」

「祈願システムが消えたら、だろ」


 ユキトは相手の言葉を言い直しながら、中に入っていた花火を一本抜き出した。どこかざらついた感触をした棒。棒の先には火薬の詰まった紙筒がついている。オレンジ色の上に銀色のラインが螺旋状に入っていて、恐らく高級感を出そうとしているのだろうが、その試みは成功とは言い難い。


「そのために、わざわざこんな時間に集まったんだからな」

「その通り。でも成功するかどうかは、まだわからないじゃないか」

「そういう悲観的なこと言わないで下さいよ」


 ツカサの言葉に抗議をしたのはナオだった。空になったカップをテーブルに置き、ユキトの隣に腰を下ろす。畳の上に投げ出された両足には、サンダルによって出来た網目状の日焼けが浮かんでいた。

 此処にいる全員が、皆似たような状態だった。連日、朝から晩まで屋外を駆け回り、日陰に入る時間も殆どなかった。ナオとれんこは日焼けどめを使っていたが、それはせいぜい腕や顔が限界で、足の甲にまでは気が回らなかった


「上手くいかなかったら、また次を考えればいいじゃないですか」

「ナオちゃんのいう通り。ツカサさん、ちょっと空気読めてないんじゃない?」


 女子高生二人が、顔を合わせて「ねーっ」と笑う。ツカサはバツが悪そうに苦笑を零した。


「まいったねぇ、女子には勝てない」

「当事者二人相手に、モブが野暮なこと言うなってことだよ。辺見神社の絹谷君」

「その呼び方やめてよぉ。謝るから」


 賑やかしい雰囲気のまま、全員がテーブルを囲むように座り、誰からともなく食べ物や飲み物に手を伸ばす。


「あ、このアイス美味しいんだよねー」

「サンドイッチ食べたい。お腹空いちゃった」

「ナオ、そっちの烏龍茶取ってくれ」

「はーい。他に飲み物欲しい人はー?」

「ハル君はどれ食べる?」


 誰もが楽しそうに会話をし、思い思いの交流をする様は、すでにこの社務所から失われて久しい光景だった。ユキトもナオも、はっきりと記憶しているわけではない。だが、二人が小さい頃の河津神社は、祭りの前ともなると近所の人たちが集まっていて、こうして楽しい時を過ごしていた。


「お祭りみたいだね」


 ユキトの考えていることがわかったのか、あるいは同じことを考えていたのか、ナオが隣で囁いた。


「お祭りの準備の時って楽しかったよね。何か良いことが起こる気がして」

「そうだな。本番より準備の時の方が好きだったかもしれない」

「わかる」


 短い同意の言葉の後、ナオはアイスを手に取って封を切った。モナカでバニラを挟んだオーソドックスなそれは、袋から出された途端に白い冷気を四方に放つ。


「この「お祭り」も楽しくなるといいね」

「お祭りにしちゃ、人が少ないけどな」

「いいの。気分の問題だから」


 二人は揃って吹き出した。何がおかしいのかは、自分たちでもよくわかっていなかった。この楽しい空気の中で、仔細なことを気にしているのが滑稽に思えたのかもしれない。部屋を満たす賑々しい空気は、大抵の憂鬱やら不安やらを一切寄せつけない力を持っているようだった。


「ツカサ、トランプ持ってきただろ? 時間来るまで何かしようぜ」

「いいよ。大富豪する?」


 ツカサの提案に、年下の三人が一斉に口を開いた。


「する! イレブンバックあり?」

「絹谷さん、それって八切りありだよね」

「こっちでは大貧民で、オーメンってルール使う? 9リバは?」


 えーっと、とツカサは持ってきたトランプケースを開けて、カードを手に持ちながら首を軽く傾げた。


「大富豪ってローカルルール多いんだよねぇ。イレブンバックに八切りでしょ。巫女さんの9リバって何?」

「出す順番が逆になることだろ。都落ちは?」

「それ、俺知らない。下克上じゃなくて?」

「やばいな。これ、ローカルルール決めるために別のゲームしないといけないやつじゃねぇの?」


 賑やかな空気に、更に熱が篭る。五人がトランプを囲んで、ローカルルールについて話し始める中、時計だけは静かに時を刻み続けていた。

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