7.目的と結果と過程と

 ツカサはその言葉を理解しようとして、しかし無駄なことに気がつくとそれを放棄した。ナオのような考え方もあるのだろうし、それに至った経緯は想像出来るが、だからといってその行動自体を理解することは出来なかった。


「それで、ユキト君が戻ってきてくれるのを待っていたってこと?」

「そうですね。そういうことだと思います。でも、それじゃいけないってことも頭では理解してたから」


 ナオはそこで言葉を切ると、ツカサの方へ向き直った。手にしてた文庫本を閉じて、裏表紙を見せるようにして差し出す。四方が黄ばんで捲れ上がったそれは、数年前に流行した歴史小説だった。


「これ、読みやすいし面白いと思うんですけど」

「読書感想文にもいいかもね。歴史物だし」


 ツカサは本を受け取ると、裏表紙に書かれた紹介文に目を通す。「珠玉のストーリー」という言葉で締め括られた文章は、少し堅い文面ではあったが、興味をそそるには十分に思えた。


「それ、主人公と幼馴染の純愛なところが好きです」


 ナオはそう付け加えて、視線を少し落とした。


「小説みたいな恋が好きで、自分にも起こらないかなって思ってました。でも現実として、ナオがユキちゃんに対して何かしないければ、ユキちゃんが戻ってこないこともわかってた。幼稚園児の約束に特別な力がないことぐらい知ってて、でもナオはそれにしがみついてたんです」

「……そして、偶然に祈願システムを手に入れた」

「神社が昔みたいに賑やかになれば、昔みたいにユキちゃんが戻ってくるような気がしたんです。完全な私利私欲ですね」


 ナオは顔に似合わない自虐的なものを含ませて呟いた。


「自分のために祈願システムを動かしたんです。神社の復興とかは全部後付けです。自分のくだらない願いのために、皆のことを利用しようとした」

「目的がなんであれ、「誰かの願いを叶えたい」と思ったのは本当でしょ?」

「そうかもしれないです。でもね、ツカサさん」


 図書館の静かな空気を乱すことなく、ナオは小さな声を可能な限り強めた。


「ナオの願い事は、ナオが叶えられるものだったんです。システムに頼らなくても、少し勇気を出してユキちゃんの家のチャイムを鳴らせばいいだけの話だったんですよ」


 短い吐息が漏れる。だがそれがナオのものかツカサの物かはわからなかった。消え入りそうな言葉と裏腹に、そこに込められた言葉は強い。張り詰めた糸のような空気は、ツカサにも影響していた。


「この数日で、自分だけの力で誰かの願い事を叶えることを知りました。ほんの小さなことだけど、それを叶えられた。喜んでもらえた。周りから見たら下らないことだったかもしれないけど、ナオには大事なことだったんです」

「願い事を叶えられたことが?」

「その力が自分にあるってわかったことが」


 今度は明確に、ナオが息を吐いた。それまで自分の心の中に燻っていたものを、一気に吐き出したかのようだった。


「そんなものは自分にはないって思ってたんです。だから祈願システムの力に頼ってしまった。でも自分で願い事が叶えられるって知ったんです」

「……三つの神社もそうだったのかもね」


 ふと湧いた考えを、ツカサは丁寧に言葉に直しながら続けた。


「自分たちで願いを叶えるべきだと思ったから、システムを封印したのかもしれない。寿命云々は抜きにしても、頼り切ってしまうことを嫌ったんじゃないかな。肝心の辺見神社が残ってないから、憶測になっちゃうけどね」

「そう、かもしれないですね」


 少し自信なく、だが明るい口調でナオが同意した。


「そういう点では、ツカサさんのお兄さん達がNyrを作ったのは、良いことだったのかもしれないです。皆で皆の願いを叶えていく、当たり前のことを実現したんだから」

「兄さんもトモカさんも金儲けのことしか考えてなさそうだけどねぇ」


 二人と面識を持つツカサは、純粋な感想を口にする。それは謙遜や揶揄ではない。心の底からの感想だった。ナオはツカサの言葉に、喉を震わせるような声で笑う。一秒にも満たない笑い声は、ツカサ以外に届くことはなかった。


「それこそ、「目的はなんであれ」ですよ」


 先ほどの自分の言葉を繰り返されたツカサは、軽く目を見張った。そして、ナオとは異なり、口元を吊り上げるような表情で笑いを示す。


「ボードゲームみたいだ」

「え?」

「三つの神社とその仕組みを知った時にさ、まるでボードゲームみたいだって思ったんだよ。でも今、俺たちがしていることもボードゲームなのかもしれないね。誰かがいて、その誰かと共にゴールを目指す。勝敗なんて二の次だよ。誰かと一緒に楽しむことが醍醐味なんだ」


 ナオはわかったのかわからないのか、不思議そうに首を傾げて、「へぇ」と短く呟いた。


「ボードゲームって楽しいですか?」

「楽しいよ。今度皆でやろうか」


 社交辞令から一歩抜け出した誘いに、ナオは表情を明るくした。張り詰めていた空気が次第に解れて、どこかへと消えていく。


「そうしましょう。これが終わったら……っていうとフラグみたいですけど」

「確かにね。でもナオちゃんは、これが終わったらボドゲより先にすることがあるんじゃない?」


 ツカサの言葉に、ナオは頷いた。恥ずかしがるでもなければ、躊躇うわけでもなく、その挙動は滑らかだった。


「一番大事な願い事が残ってるんです。でも自分で叶えます。……だって、その力があるってわかったから」

「それがいいよ。祈願成就の神社とかもあるけどさ、結局決めるのは本人の力だからね」


 二人は視線を合わせて微笑んだ。


「とりあえずは目の前のことを片付けようか」

「これが終わらないと何も始まりませんしね」


 頷き合い、そして再び背を向ける。だがそこには、先ほどまでの過去に対する重苦しさはなく、未来への希望が軽やかに湧き上がっていた。

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