第六幕:神様のいない街で

1.救世主の流星群

 強い日差しと蝉の声が、駅前のロータリーに降り注いでいた。街路樹の周りに設置された柵に寄り掛かったユキトは、手にしたペットボトルの中身を数口分飲んでから大きな溜息を吐き出した。


「あっちぃ」

「暑いねぇ」


 右隣からツカサが同意を返す。朝掛けていた伊達眼鏡は、この暑さに負けて外したようで、整った目元に汗が流れ落ちていた。


「どれぐらい片付けた?」

「朝から頑張って、三件。毎日毎日都合の良い願い事なんてないからな」

「俺も二件だけ。もう一つは直前で取り下げられちゃったよ」


 これ、とツカサが右手に持っていた紙袋を見せる。イラストレーターが手がけたらしい、洒落たデザインのもので、右下に申し訳なさそうに入っている旅行代理店のロゴがなんとも場違いだった。


「路上配布のこの紙袋が欲しいって内容だったから、頑張って取りにいったのにさ」

「一応持っておけよ。同じような投稿があるかもしれないし」

「そうだね。そろそろお昼だから、一旦集合?」


 ユキトは首の動きだけでそれに返事をした。黙っていようとも日陰に身を寄せようとも、体の中の水分が失われていく感覚は止まらない。八月下旬に差し掛かろうとしている群青区は、連日四十度近い気温を記録し続けている。


「というか、あのアプリに投稿してる連中って、暑くて外出るのダルいから、誰かにやってもらおうって考えなんじゃねぇの?」

「そういう人もいるだろうけど、全員が全員じゃないでしょ」


 適当極まりない占い師は、去り際の宣言だけは守ってくれた。程なくしてNyrでイベントの予告が流れて、二日後には画面の中央に透明な城が表示されるようになった。

 ユキトはスマートフォンでアプリを起動して、「城」の状態を確認する。城の中は空洞で、そこに次々と光り輝く「星の欠片」が溜まっていくのが見えた。


「それ、半分ぐらいは俺たちの功績だよねぇ」


 ユキトが何を見ているか気がついたツカサが口を開く。

 城の中に入っている星の欠片は、誰かの願い事を叶えるたびに増えていく。それがイベント期間中に城の中を満たせば、「救世主の流星群」が見れるのだと、イベントの説明には書かれていた。


「参加者全員に、色んな店で使えるクーポンや課金アイテムをプレゼント。そんなに財力あるのか、お前の兄貴」

「元々、色んな会社の人たちが共同でやってるプロジェクトらしいからね。各方面の伝手だって言ってたよ。エスペランサもどこかの企業に依頼されて臨床実験を兼ねてるとか、なんとか」


 二人は木陰を出ると、すぐに近くのビルの影へと移動した。そのまま、ある場所に向かって移動を始める。炎天下を好き好んで歩く者はおらず、僅かな日陰には人が集中していた。人混みをすり抜けながら、二人は少しでも暑さを忘れるために話を続ける。


「兄さんは、神社の言い伝えなんてこれっぽちも信じてなかったみたい」

「だろうな。こんな話を信じろってほうが難しい」

「一応抗議はしたんだけどねぇ。他人への迷惑ってのが理解出来ないタイプだから。でもトモカさんが持ち込んだ話にはちゃんと応じるあたり、一応信頼関係はあるんだろうね」

「それ聞くと、見てみたくなるな」

「面白いものじゃないよ」


 ユキトたちは、イベントが始まってからというものの、連日朝から晩まで願い事を叶える作業に徹していた。これが本当に、祈願システムを消滅に導くのか、まだどこかに不安を抱えたまま、しかしそのことを誰も口にすることはなかった。「祈願システムを消滅させる」ことは、今や彼ら共通の願い事と化していて、しかしそれは自分たちで叶えるものだった。


「そういえば、トモカさんって本名じゃないらしいよ。兄さん別の名前で呼んでたから」

「まじで?」

「ハル君がゲームを通じて知り合った人だし、ハンドルネームなんじゃないかな。確か、兄さんが言ってたのは」


 近くの店から大音量で音楽がかかり、ツカサの声を遮った。全国チェーンのドラッグストアは、今から制汗スプレーのタイムセールを始めるらしい。緑色の法被を身につけた店員が、スプレーを山積みにしたワゴンを店の外に出そうとしている。

 それを見たツカサは、「あっ」と声を出すと慌ててスマートフォンを取り出した。


「どうした?」

「さっき、「制汗スプレーが安く買えるところないですか」って投稿があったと思う」

「あ、俺もそれ見た。えーっと」


 画面に表示される手紙を、二人は次々と開いていく。目当ての物を先に見つけたのはユキトだった。


「あった。此処の位置情報送ればいいんだよな」

「うん。そうすれば、救世主ポイントにボーナスが付く」


 汗で滑る指と画面に苦戦しながら、ユキトはどうにか店の位置情報を送ることに成功した。すると、一分と経たぬ間に手紙を投稿したユーザから感謝の言葉が届く。


「よかった。こういう小さいお願い事も拾っていかないとね」

「ここ数日でこの辺りの特売情報に結構詳しくなったと思う」

「俺も。イベント終わる頃には特売サイトより優秀になってたりして」


 戯けた言い回しをするツカサに、ユキトは少しだけ笑った。その頬を再び汗が流れていく。目的地の喫茶店は、まだ少し先だった。


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