4.蛇のおもちゃ
「残された二人も土葬されるつもりだった。でも時代が変わって、火葬が主流になってしまった。そのあたりもシステムが残ってしまった原因なのかもしれないね」
「何で火葬だとシステムが残るんだ?」
「火葬は完全に死んでないと出来ないでしょ。土葬は自分で土の中に入ることも出来る」
「……生きたまま埋葬されるつもりだったってことか?」
突拍子もない発言にユキトは驚くが、向かいでパスタを食べているれんこからは何の反論もなかった。要するにそれは、ツカサの意見に同意していることを示す。
「三つ目の神社は、土の中にシステムを封印出来るかどうか実証したのかもしれないね。他の二つの神社は、システムが誰にも引き継がれないことを確認して、自分たちも同じように土の中に埋まろうとした」
「でもその目論見が外れたってことか」
二百五十年という年月の中で生活様式が大幅に変化することは、流石に想定出来なかったのだろう。ユキト達も、これから二百五十年後がどうなっているかなど想像もつかない。どこかの科学雑誌に載っているような、空飛ぶ車が飛び交う世界かもしれないし、あるいは南極の水が全部溶けて水没しているのかもしれない。
もしかしたら、何もかも諦めてナオとれんこが寿命を分け合って生きていく選択をしたとしても、それすら上手くいかないような世の中になっている可能性はある。
「人柱みたいなものがあるといいんだけどねぇ」
食事を終えたツカサは水の入ったグラスを手に持ちながら呟いた。
「流し雛でもいいけどさ、寿命を押し付けられるものがあれば助かるのに」
「何に押し付けるんだよ。ご神木とかか?」
「流石に木は無理だろうけど、長寿であることに疑問を持たない、そして願い事が叶えられる程度の知能を持った存在」
「難しいこと言うなよ」
謎かけのようなことを言うツカサに、ユキトは呆れた表情を返した。理想だけはいくらでも言える。だがそれを叶えるには具体性が足らない。ツカサもそれはわかっている様子で、眉間に皺を寄せて難しい表情をしていた。
その時、突然れんこが顔を上げたと思うと、「あっ」と短い声を出した。視線はユキト達の斜め後方へ向けられている。誰かいるのかと通路側を振り返ったユキトの目の前に、急に原色の赤が飛び込んできた。同時に安っぽいプラスチックの匂いが鼻腔をくすぐる。よく見るとそれは、同じパーツを組み合わせて作られた蛇のオモチャだった。思わず固まったユキトを嘲笑うかのように、蛇は左右に揺れる。
「にょろりんりん」
「あのさ……ファミレス来るなりオモチャ買う大人ってどうなの?」
どこかふざけた声に重なるようにして、聞きなれた声がする。ユキトが視線を動かすと、そこには二人の男女が立っていた。一人はハル、そしてもう一人は、あの占い師の女だった。中華風のドレスを隠すように、野暮ったい黒いパーカーを着込んでいるが、余計に化粧や髪飾りが目立ってしまっている。否、それを差し引いても、子供用の蛇のオモチャを片手に持っている様は異常だった。
「巫女ちゃん、お疲れさまー。ごはん? ごはんしてるの?」
「あー……、お疲れ様です」
れんこが呆気に取られた顔で返す。どうしてここに、と表情が如実に語っていた。
「ミケ君がね、おねーさんが注文した分忘れたって言うんだもん。お腹空いたから出てきちった。どうせお客さんいないし」
「そうですか」
れんこがハルの方に目配せする。どうやられんこもハル同様に、あまりこの占い師が得意ではないようだった。ユキトとしても気持ちはよくわかる。先ほど数十分話した程度の仲だが、これほど年上らしからぬ人間は珍しい。
「オレは無理矢理連れてこられただけだよ」
ハルは目配せに対して不機嫌に言った。自分の責任ではないと言いたい様子だった。
「トモカさん、もういいでしょ。此処まで付き合ってやったんだから。後は一人でチョコレートパフェでもキャベツのピクルスでも啜っててよ」
ハルの言葉を、トモカは全く聞いていない様子で四人の方に身を乗り出す。手首あたりから香水の匂いが緩く漂った。甘ったるさのない、男物の香水。恋人のものを付けるようなタイプには見えないから、純粋に趣味か、あるいはどこかで手に入れた物を適当に使っているか。多分後者だろう、とユキトは勝手に判断した。
「もしかしてまだ、神社のお願い事がどうとか話してるの?」
「まぁ、そんなところです」
れんこが面倒そうに返す。だが表情は一応愛想笑いを浮かべていた。
「トモカさんが気にすることじゃないですよ。それとも得意の占いでどうにかしてくれますか」
「あ、感じ悪い。感じ悪いよー、巫女ちゃん。関係ないから黙ってろってことっしょ」
トモカは蛇を揺らしながら口を尖らせた。
「そこまで言ってないですよー。でも実際、神社のことなんて知らないでしょ。システムのことだって、最初説明した時に「それ、ゲームの話?」って言ってたし」
「おねーさんは一般的な反応を示しただけですー。それに、ゲームとは言ってないよ。アプリって言った」
「どっちでも一緒だと思います」
「えー、そうかなぁ? で、何を悩んでるの?」
全く退く様子のないトモカに、遂にれんこは諦めたようだった。恐らく、この占い師は簡単には立ち去らない。隠せば隠すほどしつこいタイプであることは、此処にいる全員が悟っていた。
れんこは溜息でもつくように顔を一度下げてから、仕方なさそうに口を開く。
「河津神社と縁結神社の他に、もう一つ神社があったんじゃないかって話です」
「もう一つ?」
「はい、そーです。どこ行っちゃったんだろうね、って話です」
れんこはそれで相手が引き下がることを期待してか、語尾を強くして言った。だが、徹底的に察しが悪いのか、トモカはきょとんとしている。手に持った蛇を左右に振り、考え込む仕草をする。ユキトは、そろそろ助け舟を出して、トモカを追い払おうかと考えたが、それより先に占い師の女は口を開いた。
「土の中でしょ」
先ほどまで四人で交わしていた仮説を、まるで当然のように女は口にした。だが、それに全員が驚いている中で、トモカは視線をある一点に向ける。右手に持った蛇が、それと一緒に動いた。
「そうだよね。
蛇の首のその先で、ツカサが驚いた表情のまま固まっていた。
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