5.隠匿された神社

「……は?」


 ツカサが唖然とした表情で声を溢す。今言われた言葉の意味を理解出来ていない、純粋な当惑がそこにあった。少なくとも白を切っているようには見えなかったが、それでもユキトは疑問をぶつける。


「どういうことだ?」

「え? いや……俺に言われても。ヘミ神社って何?」


 平素の飄々とした態度を拭い去って、ツカサは同じように疑問符を上げる。


「ありゃりゃ」


 蛇のおもちゃを持った女は、ツカサの反応が意外だったのか、マスカラを重ね付けした目を何度か瞬かせた。


「君、絹谷ツカサでしょ? ツバサの弟の」

「……兄さんの知り合い?」


 トモカは一度頷くと、何の断りもなくれんこの横に腰を下ろした。向かい合わせのボックス席は、三人づつ座れないことはないが、かといってそれを前提とした広さでもない。トモカによって奥に押し込められた女子高生二人は、仲良く身を寄せ合う羽目となる。


「ミケ君も座れば?」

「……オレ、あんたくらい図太かったらいいなって、ちょっと思う。ちょっとだけ」


 褒めているのか貶しているのかわからない言葉を放った後に、ハルはユキトの方を向いた。


「座っていいですか」

「まぁ、立ってると迷惑だろうからな」


 ハルは控えめな態度で腰を下ろす。それを待っていたかのように、トモカが再び口を開いた。視線は、未だに事態が飲み込めていないツカサの方へと注がれている。


「その様子だと、辺見神社のことは知らないのかにゃ?」

「知らないですよ。俺の家は神社でもなんでもない、一般家庭です。何かの間違いじゃないですか?」

「今じゃないよ。むかーしむかし、絹谷家は辺見神社の神主を務めてた。ツバサは家に伝わる話だって言ってたから、もしかして一子相伝なのかな」

「貴方は、兄さんとはどういう繋がりなんですか?」


 ツバサの問いに、占い師は「んー」と呻くような声を出した。右手に持った蛇が、小さな音を立てながら左右に動く。


「どういうって言われてもねぇ、おねーさんあまり頭良くないんだから困っちゃう。簡単に言うと、わたくしがテスターで、ツバサ君はプログラマです」


 何故か気取った言い方をするトモカに、横からハルが「あぁ」と納得したような声を差し込んだ。


「Nyrの開発者ってこと?」

「その通りでございます。元は会社同士の交流会で出来たチームなんだけど、ツバサっちが、自分の家に面白い言い伝えがあるって言い出して、それをアプリに出来ないかって話になったんよ」

「会社って……」


 トモカの口から思わぬ単語が出てきたため、ハルが驚いた表情になる。


「トモカさん、仕事してるの?」

「失礼な。占い師という真っ当な仕事をしているでしょう」

「それが本業だと思っていたから、びっくりしてるんだよ」

「占い師一本で食っていけるほど腕は良くないのよん。逆もしかり」


 口ぶりからしてトモカは別の仕事をしているようだったが、誰もそれを予測どころか想像することすら出来なかった。トモカも話に関係がないと判断してか、自分の本業は明かすことなく話を続ける。


「ツバサっちの話によれば、群青区には「河津神社」「縁結神社」「辺見神社」の三つがあって、それぞれの神社には人の願い事を叶えるための「宝具」があった。でもその宝具は人間の一生を縛り付ける業の深いもので、だから三つの神社は宝具を封印することにした。とか、そんな内容だったかな」


 おもちゃをテーブルに放りだしたトモカは、代わりにメニューを手にとった。その仕草を目で追いながら、ユキトは質問を投げる。


「その話を元に、Nyrが作られたってことですか」

「そうだよ。寿命の代わりにポイントを競って奪い合い、「世界」を都合よく作り替える。ちょっとニュアンスは違うけどね」

「それが代々語り継がれていた理由は?」

「土の中に埋めた神社を誰かが掘り起こさないように、だってさ。駅前のでかい六角形のビルあるでしょ。あの下って言ってたけど本当かどうかは知らない」


 トモカはメニューを一枚ずつめくっていく。ラミネート加工されたページが擦れ合う音が妙に大きく聞こえた。


「さっきミケ君が「絹谷さん」って言うから、気になってたんだよねー。君は君で「ツカサ」って呼んでたし」

「さっきって、占いの森の時?」


 ハルが怪訝そうな表情で言った。


「だったらその時に言えばいいじゃん。なんで黙ってたんだよ」

「あらやだ。ミケ君が黙ってろって言ったくせに」


 悪びれもせずに返すトモカに、ハルは何か文句を言いかけて、しかし口を閉ざした。女の行動は適当を通り越して、もはや悪意すら感じられる。だがそれを正そうにも、此処にいる面々には荷が重すぎた。


「ヘミ神社って、どう書くんですか?」


 少しの沈黙の後に、ツカサが問いかけた。


「人の苗字で、「へんみ」ってあるでしょ。四辺形とかの辺に、見つめるの見。あれと同じだった筈。何か心当たりでもあるの?」

「いえ。ユキト君と調べてた時に、河津神社や縁結神社は読み方だけ同じで、漢字を色々変えていたのがわかったんです。何でかわからなかったけど、三つ目の神社がヘミなら理由はわかるなと思って」

「それってもしかして」


 割とマイペースなのか、パスタを食べていたれんこが顔を上げた。唇についたピンク色のソースを舐めとってから口を開く。


「三竦みですか?」

「巫女さんもそう思う?」

「割とそっち関係の神社も多いので。でもこれほどわかりづらいのは珍しいです」

「さんすくみって何、れんこちゃん」


 ナオが続けて顔を上げた。皿の上にはもう殆ど何も残っていない。どうやら二人の女子高生は、この状況下でも黙々と食事を続けていたようだった。一連の出来事の当事者としては、あまりに肝が据わっているようにユキトには思えたが、そこには一種の仲間意識があるのかもしれなかった。


「じゃんけんみたいに、三つの力が拮抗してること。じゃんけんだとグーチョキパーだけど、似たようなもので「虫拳」って言うのがある」


 れんこは右手を握ると、親指だけをヒッチハイクするように立てた。


「これが蛙。小指だけ立てるのがナメクジ。人差し指を立てるのが蛇」


 スムーズに指を動かし、それぞれに割り当てられた役割を解説する。


「蛙は蛇に食べられる。蛇はナメクジに溶かされる。ナメクジは蛙に食べられる。仕組みはジャンケンと同じでしょ?」

「ナメクジって蛇を溶かすの?」

「多分、ただの言い伝えだと思う。相当古い時代の遊びらしいから」


 れんこは虫拳で使わない中指と薬指だけを折りたたんだ状態にして、残り三本を真っ直ぐに伸ばした。


「古い言葉で、蛙は「かわず」、ナメクジは「えんゆう」、蛇は「へみ」。こうして並べると、群青区にあった神社は、元々三つで一つだったってことがわかるでしょ?」

「じゃあ漢字を変えていったのは、それを他の人に判らせないため?」

「長い年月を掛けて、徹底的に封印しようとしたんだと思う。でもその封印を……」

「兄さんが解いてしまった」


 ツカサがそう呟いて、れんこも口を閉ざす。沈黙の中、トモカはテーブルを横切るように腕を伸ばし、呼び出しボタンを勢いよく押した。軽やかな電子音が店内に響くのが、どこか白々しく彼らの耳には届いていた。

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