3.ささやかな懺悔

「そういえば、謝らないといけないことがあったんだよね」


 れんこがそう言ったのは、ナオが頼んだハンバーグが運ばれてきて、それを二等分したものを皿に取り分けて貰った後だった。肉の断面から溢れた黄色いチーズが、皿の上に零れていくのがユキトの席からも見える。


「謝る?」


 鉄板の上の残り半分のハンバーグを細かくしながら、ナオが不思議そうに首を傾げた。


「誰に」

「誰にっていうか、この流れだとナオちゃんしかいないでしょ」

「れんこちゃん、何かしたの?」

「してないけど、しようとしてたから」

「ブロッコリー食べる?」

「あ、欲しい」


 フォークに突き刺さったブロッコリーが、鉄板から皿へと移動した。


「あのね、さっきも言ったけど、私はナオちゃんが寿命のことを知っていて、長命になろうとしていると思ってたんだ」

「うん」


 話が読めないナオは、短い相槌だけ打って、助けを求めるような視線をユキト達に向けた。だが、ユキト達もれんこが何を話そうとしているのかはわからなかった。れんこは箸を手に取り、それでハンバーグを小さく切って口へ運ぶ。


「だから、私の寿命まで吸い取られたら困るなって思って妨害してた」

「それは聞いたよ?」


 れんこは、わかっていると言うように一度頷いた。


「さっき誤解が解けるまでは、私はどんな手を使ってでもナオちゃんを止めなきゃいけないと思ってた。でも、この神様がいない街で私が出来ることなんて限られてる」


 だから、と一拍挟んで


「人が死ねば止まるんじゃないかなって思ったの」


 呆気ない口調で言った。ユキトは驚いて目を見開き、箸でつまみ上げていたマグロを丼の中に取りこぼす。


「どういう意味だ?」

「自分たちの行動のせいで人が死ねば、流石に思い直してくれるかなーって」

「誰か殺そうとしたってことか」


 ユキトの言葉に、れんこは小さく笑った。


「だって人の寿命を吸い上げて殺そうとしている人には、同じような手段で対抗するしかないじゃないですか」

「殺そうとしたわけじゃない」


 ユキトはそう返したものの、それがあまりに意味のない反論であることはわかっていた。ナオたちが理解していたかしていないかは、この際問題ではない。「れんこの寿命がナオの行動により尽きようとしていた」事実は覆らない。


「誰を殺そうとしたの?」


 今度はツカサが疑問を投げた。れんこはブロッコリーを箸でつまみ上げた状態で一度動きを止める。少なくともこの中では、一番箸使いが上手いように見えた。


「ナオちゃんに決まってるじゃないですか」

「でも、寿命が決まってるんでしょ? 意味ないんじゃないの」


 その指摘は、れんこの想定通りだったらしい。悪戯っぽい微笑が口元に浮かぶ。


「じゃあ聞きますね。すっごい高いビルに連れてこられて、ここから飛び降りても下には超安全なマットが敷いてあるから絶対死なないよ、って言われたら飛び降りますか?」

「……それは、ちょっと無理かな」

「どうして? 絶対死なないんですよ」

「万一のことを考えると怖いし、それ以前に紐なしバンジーなんて恐怖でしかないよ」


 ツカサはそう答えると、続けて右手で頭を掻く仕草をした。


「なるほどね。純粋な恐怖を盾に取って、脅しをかけようとしたわけだ」

「アッタリー」


 れんこは軽く数回拍手をした。


「結果としては脅さずに済んだんですけど、一応謝っておこうかなーって」

「って言われても、ナオとしては複雑……」


 フォークに刺したハンバーグを口に含みながら、ナオが呟く。


「でも、れんこちゃんからすれば怖かったよね。死んじゃうかもしれなかったんだし」

「死ぬのが怖いんじゃなくて、死ぬのが決められるのが怖いの」

「同じじゃないの?」

「全然違ーう」


 そこに店員が来て、たらこスパゲッティを置いて行った。れんこは嬉しそうに頬を緩ませると、さきほどナオがやったように二等分にする作業に着手する。フォークによって持ち上げられたパスタから白い湯気が立ち昇った。

 ナオがその湯気の行方を目で追いながら、ふと思い出したように口を開く。


「そういえば、れんこちゃんが来る前に話していたんだけど」

「今後のこと?」

「というより、気になったことかなぁ」


 ナオがさきほどユキト達と話した内容を繰り返す。れんこは黙々とパスタを取り分けながら耳を傾けていた。やがて話が終わると、れんこは二等分したパスタの片方をナオへと差し出しながら、呻くような声を出した。


「絹谷さんが言った、三つ目の神社は土の中にある、というのは正しい……というか、理に適ってると思います」

「理に適っている?」


 女子高生らしくない言い回しにも少し引っ掛かりを覚えつつ、ユキトは鸚鵡返しした。れんこは箸と同じようにフォークを器用に使って、パスタを一口分絡めとる。


「二百五十年前は、ドソーの方が一般的だったんですよ。特に神道においては」

「ドソー……土葬、か」

「死んだら土の中に埋めちゃうんです。昔あった人柱とかもそうですね」


 人柱。有機物と無機物が重なり合った言葉に、三人は一瞬顔をひきつらせた。混じり合うべきではない言葉が混じってしまったものは、自然の摂理を捻じ曲げたような不気味さがある。


「システムを「死んだ」と見做して、神社ごと土葬した。そう考えると納得出来ます。それに」

「それに?」

「もしかしたら、残された二人もそのつもりだったのかもしれません」


 れんこはパスタを食べ始めた。話が終わったというよりも、目の前で冷めていく食事の方を優先したようだった。空いてしまった会話を埋めるように、ツカサが口を開く。

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