10.寿命とシステムの仮説

 階段の最上段を踏みしめたはずの足は、まるでどこかに消えてしまったかのようだった。足音も足裏の感覚も、今聞こえた言葉の衝撃に攫われてしまい、跡形も残らなかった。


「どういう意味だ、それ」


 ユキトは辛うじて問いを返すが、喉奥の方で何かつかえているような声が出た。その声を受け止めたれんこは、長い金髪を揺らすようにして視線をユキトの方に向ける。急に現れたことに、特に疑問は抱いていない様子だった。


「今言った通りです」

「寿命を操るって、何でそんなことわかるんだよ」

「……この神社に何か残されていたってこと?」


 ツカサがそこに割って入る。ユキトはその声に、若干冷静さを取り戻した。


「そうです。といっても、私がそれに気がついたのは、システムが起動してしまった後だったから、もう止めようがなかった」


 れんこは背にしている社に一瞥を向けた。


「あの社の中にある御神鏡が、急に光ったの。それが、多分ナオちゃんが初めてシステムを使った日。私は社を開けて、システムを体の中に取り込んでしまった」

「社の中に、システムが封印されていたってことか?」

「そういうことです。最初は何が何だかわからなかった。でも、使っちゃいけないと思ったから、手は出さずにいた」


 その言葉にナオが少し反応を示したが、口は開かなかった。自分がシステムを使ったことを責められているように感じているのかもしれない。だが、それにフォローをする人間は、この場には存在しなかった。


「社の中には、歴代の神主や巫女のことを書いた書物がありました。といっても、ずっと管理されていなかったのでボロボロになっていて、少ししか読めませんでしたけど」


 その時の苦労を思い出したらしいれんこは、眉間に皺を寄せる。


「名前と一緒に、亡くなった時の年齢が書かれていました。おかしいと思ったのは、殆どの人が百歳を超えていることです。一人二人なら兎も角、数十人単位でというのはおかしいです」

「つまり、祈願システムによって寿命をコントロールされていた」

「私はそう考えた。システムを試しに起動したら、画面に妙な数字が出ていたけど、最初はそれが寿命を示すものだとは思わなかった。ナオちゃんはあの数字が何だと思ってた?」


 れんこに聞かれたナオは、少し口篭ってから声を発した。


「……信仰心を数値化したものだと思ってた」

「なるほどね。願い事を叶えたら変動するんだから、そう思っても無理はないと思う。でもね、あれはシステムを使わなくても変動するんだよ」


 それはつまり、れんこがシステムを一切使っていなかったことを示す。積極的に使っていたナオと、消極的だったれんこ。二人の見識の差は、その時に発したものに違いなかった。


「何もしていないにも関わらず、数字がどんどん減っていった。その頃にハル君に出会って、「本物の神様を見せる」ことを条件に、システムのことを調べるのに協力してもらった」

「協力ってのは、河津神社に参拝したりしたことか」

「数値が減っている理由は、多分同じシステムからの干渉だろうってハル君が。実際その通りだった。河津神社が願い事を叶えるたびに、こっちの数値は減り続けた」


 そこで、れんこは一度言葉を切る。次に何を説明すべきか考えている表情だった。誰も口を挟まずに、言葉を待つ。それはまるで巫女の託宣を聞くかのようだった。


「数値が30を切った頃に、ハル君が一つの仮説に行き着いた。この数値は寿命を示すもので、二つのシステムが共通に持つものに違いないって。だから片方が叶えれば数値が上がり、もう片方の数字は下がる」

「仮説は立証出来たの?」


 ツカサの問いに、れんこが首を横に振った。


「でも、そう考えれば辻褄が合う。異様に長生きをした神主や巫女。願いを叶えられるシステム。それにも関わらず封印されて隠されていたこと。そして何より、二つの神社が衰退していること」

「システムを意図的に隠したのは、寿命をコントロールするものだったからってこと? でも長生きするならそれは……」

「百二十までシステムのために生きるなんて、呪いみたいなものですよ」


 呪い、という言葉が重くその場に落ちた。


「私は巫女ですけど、ちょっと呪いには詳しいんです。人を苦しめるものが呪いと思われがちですが、その本髄は「縛りつける」ことにあります。システムに人間を縛り付けるために寿命を無闇に引き伸ばす。これが呪いでなくて何ですか?」

「それが嫌になったから、二つの神社はシステムを封印したってこと?」

「そういうこと。最初、私はナオちゃんがこのことを承知の上でシステムを使っているのかと思ってた。だからって、私の寿命の残りが少なくなるのを、黙って見ているわけにはいかない。だからシステムを使って寿命を引き伸ばした」


 数日前のことを思い出したユキトは、あの時のれんこの態度に合点が行った。あれは自分の寿命を減らそうとする相手に対する威嚇だったのだろう。れんこからすれば正当な行為だったのを、ナオが「邪魔」と言ってしまったことで怒りを買った。それがなければ、この結論を聞くのはもっと早い段階だったかもしれない。


「願い事は極力叶えたくない。でも寿命は欲しい。だからハル君に相談して、河津神社が願い事を叶えられないように工作した」

「……そっちからすれば、邪魔していたのは俺たちだったってことか」




 

 


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