11.数が合わない
れんこは小さく頷いたが、表情は晴れやかだった。
「誤解が誤解を生んだだけなので、そこはもう良いです。私の態度も良くなかったと思うし」
「巫女さん、大人だねぇ。ユキト君も見習えば?」
「どういう意味だよ」
混ぜっ返すようなツカサの軽口を、ユキトは軽く睨んで黙らせる。ツカサは笑いながら両手をヒラヒラと振って誤魔化した。
「……で、寿命とシステムのことはわかった。要するに今はナオに寿命が偏っている状態なんだろ?」
「そーです。でもね、私が望んでいるのは寿命を分け合うことじゃない。この呪いを終わらせることです」
れんこは少し話し疲れてきたのか、社の方へ移動すると、石段にしゃがみ込んだ。すぐに鳥居の上から子猫が降りてきて、その膝の上へと飛び乗る。
「別に私は、明日死んだとしても、それが寿命なら仕方ないと思う。でも、それが訳のわからないシステムに調整された結果だなんて許せないんです。仮に百歳までの寿命を手に入れても、そこで死ぬのがわかっている人生なんてつまらない」
「何か方法があるのか?」
「それが思いついたら、とっくにやってます」
愚問だと言わんばかりにれんこが返す。ユキトは自分が酷く滑稽な質問をした気分になって、思わず苦笑いをした。
「大体、私は此処にずっといるつもりなんて無い。帰らなきゃいけない場所があるんです」
「そうか、巫女さんは群青区の人じゃ無いんだもんね」
「そうです。ちょっとした手伝いで来ただけだから、早く元の神社に戻りたい。だから、そのためにはシステムが邪魔なんですよ」
元の神社がどこにあるのかは、巫女の口からは語られなかった。だがその表情から、れんこにとってどれだけ大事な場所かは伝わる。どこか遠くの場所を語る表情は、恋い焦がれる少女のそれに良く似ていた。
「でもさぁ、とりあえず目下の心配事を減らす意味でも、寿命の調整はしておいた方がいいんじゃない?」
ツカサが冷静に提案をする。
「リスクはなるべく減らした方が、良い戦略思いつくからね」
「確かにそうだな。ナオの方の数値も……」
ふと、ユキトはそこで言葉を止めた。
数値は、今いくつだっただろうか。数日前に見たはずの光景を、頭の中から必死に探し出す。半透明のモニタに透ける神社。群青区の地図。その右上に表示された三桁の数字。
ユキトはナオの方を振り返る。黙って話を聞いていた少女は、青ざめた顔に戸惑いを浮かべていた。互いの視線が交差したことで、懸念していたものが具体性を帯びてくる。
「ナオ、お前のシステムの数字は?」
尋ねたユキトに、ナオは一度唾を飲み込んだ。他の二人の視線も集中する中で、ナオは小さな声で呟いた。
「398」
ビルの外の雨音が強くなる。その巨大な数値に喝采か、あるいは嘲笑を送っているようだった。それを打ち破ったのは、れんこの声だった。
「何で? それだと計算が合わない。私が52で、ナオちゃんが398。合わせたら450になる。二等分しても……二百歳以上生きる羽目になっちゃう」
あまりにそれは残酷な数字だった。二百年以上もシステムのために生きなければならないことを示す数は、れんこが言った「呪い」という表現がふさわしいように思えた。
ナオがユキトの腕を掴む。何かにすがるように。支えを欲するかのように体重が一気に掛かった。
「ナオ、そんなに生きたくない。ユキちゃんより長生きするのはいいけど、二百歳のおばあちゃんなんてなりたくないよ!」
「わかってるよ。でも何で……」
寿命を二つのシステムが取り合う仕組みならば、この数は明らかにおかしい。もし二百歳まで生きている神主や巫女が過去にいたならば、それだけで有名になっている筈である。だが、図書館で調べた資料にも、そんなことは書かれていなかった。
「流石に二百歳はねぇ……。巫女さんが調べた中でも、そこまで長命はいなかったでしょ?」
「百三十歳は偶にいたけど……。それに二百歳なんて記述があったら、もっと早く寿命のことに気がついてると思います」
「だよねぇ。となると……」
ツカサは虚空を見上げて考え込んでいたが、やがて何かに気がついて目を見開いた。
「三つ目の神社」
ユキトはその言葉を聞き逃さなかった。
「三つ目ってどういうことだ?」
「450を三等分すると、150になるでしょ。これまでの神主さんや巫女さんたちが、百三十歳前後で亡くなっていることを考えると、神社が三つあった可能性が高い」
「つまり……河津神社と縁結神社の他に、もう一つ神社があったってことか?」
「だとすれば、辻褄が合うでしょ?」
「でもそれなら百五十歳ぐらいで死んだ人間が多くなるんじゃないか?」
「全員同時に生まれて死ぬわけじゃないだろうし、日々の願い事の量で寿命は増減を繰り返す。一つの神社につき二十年分ぐらいの差分は、割と現実的だと思うよ」
流れるような相手の説明。ユキトは、しかし眉を寄せて首を傾げた。
「でも……図書館で調べた時も、そんな神社出てこなかっただろ」
「いや、あったよ。ほら、ユキト君が読んでた昔話」
『日和津神社の巫女の託宣はよく当たり、もう一方の神社よりも優れていた。それを妬んだ神主は日和津に嫌がらせを重ねて、やがて罰が当たったのか早死にしてしまった。巫女は長生きして、その孫の孫の代まで人々のために働いた』
「もう一方の神社って、縁結神社だと思ってたけど、それならそう書くと思うんだよね。これはもう無くなった神社のことで、システムを使わずに早死にしちゃったってことなんじゃないかな?」
「……それで、河津神社の方は、その分長生きをしたってことか?」
「それが一番しっくり来る」
あぁ、と吐き出すような声が傍から上がる。れんこの喉から発されたものだった。
「その仮説は多分、正しいです。寿命に偏りが出てしまったから、残された二つの神社もシステムを使わないようになったんだと思います。もしかしたら、二つの神社は協力して、システムを停止させたのかもしれない」
「どうやって?」
「最後の人が、年齢を誤魔化して生きていたとすれば可能です。何度か大きな戦争がありましたから、そこで他人の……もっと若い親族の戸籍に乗り換えたりしたのかもしれない。二人で二百歳の命を終わらせて、システムも止まった筈だった」
「でも、縁結神社の最後の神主さんは身寄りが無かったから良いとして、河津神社は、ナオちゃんの代まで続いてるじゃない。流石に身内は誤魔化せないんじゃないの?」
「いや」
ユキトはツカサの疑問に対して、否定を返した。
「お前は知らなくて当然だけど、ナオの父親は養子なんだ。先代の神主とは直接の血縁がない。だから、実際には二百歳以上だったとしてもバレやしない」
本来そこで終わるはずだった「呪い」は、再び起動してしまった。ナオの純粋なまでの想いが、それを呼び起こしてしまったのかもしれない。ユキトはその皮肉な現実に、嘆くことしか出来なかった。
第四幕 終
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