8.種明かし

「……で、その占い師のところに来てみたわけだ」


 此処に来た経緯を説明したユキトは、テーブルの上に乗っていた紫色の名刺をヒラヒラと振った。そこにはこのブースの持ち主、即ちハルの傍らにいる女の名前が書かれている。


「今日が大雨で助かったよ。この答えに行き着くのにも時間が掛かっただろうし、人気の占い師に話を聞くのにも、ちょっと待つだけで済んだし」


 いつも、このブースには数人の列が出来ている。だが今日のような日は他のブース同様に閑古鳥が鳴いている状態だった。


「ちょっとカマ掛けしたら、あっさり答えてくれたよ。「ミケ君」に頼まれて、客が増えるように神社でお願い事をしたって」

「……オレ、黙ってろって言わなかったっけ?」


 ハルが睨みつけながら聞くと、女はわざとらしく「アッハ」と声を出して笑った。


「そだっけ? おねーさんはミケ君みたいに頭よくないから、すーぐ忘れちゃうんだよね」

「あんたが悪いのは頭じゃなくて性根でしょうが」


 辛辣な言葉にも女は笑うだけだった。耳に下げた悪趣味なドクロのピアスが、声に合わせて前後に揺れる。


「酷ーい。おねーさんは、よくわからない巫女のお嬢さんとゲーマー少年のお遊びに付き合ってやったんだよ? 自分で、広告の出現頻度の調整までしてさ」

「調整?」


 ユキトが疑問を浮かべる。ハルはそれを一瞥したあとに、遂に観念したように首を左右に振った。これ以上の隠し事に何の意味もないことを、十分すぎるほどに悟っていた。


「この人は、あのアプリの開発者……のお仲間なんだよ。といっても、この人には開発技術なんて全くない。アプリにバグがないか調べたり、新機能の調整をする、一種のテスターってところだね」

「それを知っていたから、協力を依頼したのか」

「そうじゃなきゃ、この人に頼み事なんかしないよ。携帯ゲームのイベントで知り合って、住んでいるところも近いから面識があっただけ。そうだろ、トモカさん」

「ミケ君はつーめたーいな、っと。まぁいいけどね」


 トモカと呼ばれた占い師は、この状況を明らかに面白がっていた。ハルは彼女に黙っているように視線で訴えた後に、再び説明を続けた。


「オレはこの人に、縁結神社にお参りしてくれるように依頼した。内容はさっきこの人が言った通り「客が増えますように」だ。美鳥さんはその願い事とNyrを連動させて、広告を見た人が占いの森に来るように誘導した」

「それで、占い師が客に「こういう願い事を神社でしてきなさい」と薦めるってわけか」

「そういうこと。この人、口だけは器用だからね」


 そこまで話しきると、ハルは唇を一度噛む仕草をした。


「見破られるとは思わなかったな。それも伏兵に」

「誰が伏兵だ、誰が」


 明らかに気分を害した様子でユキトが言い返したが、それをハルは右手を振る仕草であしらった。


「やっぱりトモカさんに頼んだのが失敗だね」

「おねーさんのせいにしないでよ。自分の策が甘かったんじゃないの?」

「そういう本質を突くようなことは言わないでほしい」


 素直にそう言ったハルに、トモカは虚を突かれたような顔になった。生意気な少年らしからぬ態度に、思わず驚いたであろうことは明らかだった。

ハルはこれ幸いとばかりに話を切り替える。


「此処に辿り着いたのは褒めてあげるよ。でもどうするつもり? オレたちを締め上げて、願い事を取り消すように頼み込む?」

「それじゃ、ただの野蛮人だろ」


 ユキトは心外だとばかりに口元を歪めた。


「ネタがわかった以上は、どうとでも対応出来る。ナオの友達に頼んで、わざとここで願い事をさせて、それを俺たちが叶えるとかな。そうなったら今度は腹と腹の探り合いだ。そんなことしたくないだろ?」


 問いかけに対して、ハルは口を噤んだ。

 ユキトの言う通り、ネタが割れた以上は同じ手を使うメリットがない。それどころか、逆に利用されることも十分に考えられる。だが、ユキトはその手段を取らなかった。それは要するに、彼らも腹の探り合いをしたくないことを示している。


「平和的解決を望んでるんですか?」

「平和が一番だろ」

「らぁぶ、あーんど、ぴーすっ」


 トモカが両手でピースサインを作って上に掲げる。


「……蟹の威嚇みたいだよ、それ」


 静かに指摘したハルは、ユキトとの会話に疲弊したのか、トモカに呆れているのかわからなくなっていた。恐らくは、後者の割合が多い。トモカはと言えば、全く気にする様子もなく、両手のピースサインをハサミのように動かしていた。十歳未満の子供がやるならまだしも、二十歳を過ぎた大人がすると可愛くもなんともない。


「ミケ君も年貢の納め時ってやつ? 私も飽きてたから丁度いいけどさ」

「客が増えてよかったでしょ?」

「客増えると働かないといけないんだよ。ご存知?」

「当たり前のこと言わないでください。はぁ……「皆を幸せに」が謳い文句のアプリに、こんな人が関わってるなんてね」


 愚痴を溢したハルに、トモカは明後日の方向を向いて噴き出した。


「あんなの、ただのキャッチフレーズだし。金儲けしたいから始めたアプリに、夢を抱くほうがどうかしてるっしょ。それともミケちんはロマンチストなのカニ?」

「あんたが想像以上のダメ人間であることに対する感想を述べたまでですよ。もう黙っててくれます?」


 トモカは口を閉じて、両手のハサミを動かした。蟹のポーズが気に入ったのか、あるいはハルを小馬鹿にしているのか。どちらも正しいように見えるし、どちらも正しくないのかもしれない。ハルにはこの女の本性がいまいちわからなかった。


「香山さん。貴方、一人で来たんですか? 絹谷さんたちは?」

「流石に、ツカサもそこまで人使い荒くねぇよ」


 ユキトは人差し指を立てると、上を指差した。それが何を意味するかは一目瞭然だった。

 舌打ちをするハルの横で、沈黙する蟹となった女は首を傾げながらハサミを動かした。

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