4.探し物の見つけ方
「待ち合わせる前?」
「デートの約束をする前の段階ってこと」
ナオはカフェオレを一口飲んで、唇を湿らせてから続ける。
「好きな人をデートに誘うほうが、待ち合わせ時間を守るより何倍も難しいと思う。ユキちゃん、あの男子高生のお願い事覚えてるでしょ?」
「……あれも、告白する勇気が欲しいって内容だったな」
もう随分と前のことのように感じながら、ユキトは呟いた。願い事のことを知らないツカサは少し不思議そうな表情をしていたが、口は挟まずに静観しているようだった。
「例えばね。「好きな人とデートが出来ますように」ってお願い事があるとするでしょ。それってどういう意味に解釈出来る?」
「意味?」
「どういう結果になることを望んでるかってこと」
「そりゃ……」
ユキトは眉を寄せて考え込む。恋愛経験は豊富ではない。寧ろ殆ど無いに等しい。脳裏に浮かぶのは、数年前に流行った青春ドラマの類ばかりだった。それでもどうにか一つの回答を口に出す。
「相手が、デートに誘ってくれることとか?」
「え、デートの申し出を受けてくれることじゃないの?」
ツカサが横から口を挟む。思わず二人は顔を見合わせた。
「自分からデートに誘うってことか?」
「だって、待ってても仕方ないでしょ」
「何かの弾みで向こうがデートに誘ってくれないかなー、っていうのが願い事だろ」
「そんなことないでしょ。デートが出来ればいいんだから」
あっさりと言い切られたユキトは、それでも何となく釈然としなかった。だが反論出来るほどの語彙は自分の中には存在しない。悩んでいる間に、ナオが再度口を開いた。
「少なくとも、願い事を叶えやすいのはツカサさんが言ったほうだと思う。システムは人の行動を操れるけど、ある程度自由が利くのは願い事をした本人の行動だし」
「願い事をした人の、後押しをしてあげるってことか。それなら確かに、時間の指定とかも簡単かもね」
自分の意見が取り入れられたツカサは、どこか上機嫌に言う。
「それに、縁結神社への願い事としても……割と正統だ」
「はい。だから、あの巫女さんが採用するなら、そういう願い事だと思うんです」
「でも、それこそさっきの願い事と同じで抽象的すぎるんじゃないの?」
「いや」
ツカサの疑問に対して、ユキトは否定を返した。同じことを言おうとしていたのか、ナオは口を半開きにしたまま止まっている。
「デートに誘う口実だけでいいんだ。映画の割引券とか手に入れば、それで誘いを掛けることが出来る。祈願システムでそれを手に入れるところまで誘導してやればいい」
「映画の割引券って……古風だねぇ」
「うるせぇよ。別にそれは何でもいいんだって。よくあるだろ「二枚手に入ったから、一緒に行こう」みたいな展開」
自分で言いながら恥ずかしくなってきたユキトは、最後あたりは投げやりな口調になっていた。様々な作品で使い古された手段ではあるが、同じような展開は何度も見たことがある。
「デートに誘う口実になるアイテムを、そいつに渡してやればいいんだ。そうすれば、願い事が解除される可能性が高い」
「なるほどねぇ、きっかけ作りか。何だか恋のキューピッドみたいだね」
面白がるツカサに、ナオが同調する。
「いいですよね。夢があって」
「俺たちの力でカップルが生まれたら嬉しいよねぇ」
「願い事をした人からすれば、知らない人がくれたチケットで恋が芽生える展開なわけでしょ? ナオ、そういうの好きです」
盛り上がる二人を見ながら、ユキトは短く溜息を吐いた。波長が合うとでも言えばいいのか、あるいは思考回路が似ているとでも言えばいいのか、どちらにせよ二人は先ほどから楽しそうだった。
「ナオ。そのアイテムに心当たりはあるのか?」
はしゃいでいる二人の会話を止めるべく、疑問を投げる。ナオは何故か驚いたような顔をしてユキトを見返した。
「ユキちゃん、何か怒ってる?」
「はぁ?」
ユキトは別に口調を荒げたわけでもなければ、顔をしかめたわけでもない。本当に純粋に疑問に思ったことを口にしただけである。だがナオはどこか戸惑うように首を傾げていた。
「怒ってねぇよ」
「本当に?」
「何に怒ることがあるんだよ。それより、俺の質問に答えてねぇだろ」
返事を促すと、ナオはスマートフォンに視線を戻した。ソーシャルネットワークサービスを起動し、検索用のボックスに文字を打ち込む。一秒に何千単位で投稿されるメッセージは、上手く使えば情報収集に役立つ。ユキト達のような年代は、「検索」といえばこのような投稿の検索であり、検索ブラウザなどは過去の代物だった。
「今日手に入りそうなものは……、カラオケの半額券に、駅前のケーキ屋さんのサービス券、プラネタリウムが話題みたいだけど結構高い……」
情報を一つづつ読み上げていたナオが、唐突に「あっ」と言って手を止めた。そして画面が二人に見えるように、テーブルの中央に置く。そこには卓球のラケットを持って笑う子供や、ビリヤードをしている若者たちの写真が映し出されていた。
「『アドラー』の割引券。これ今日叶えるにはピッタリかも」
「雨の日ご来店の方に割引券プレゼント。確かに丁度いいな」
「これって、あのビルに入ってる施設だよね」
テーブルに身を乗り出したツカサが尋ね、ユキトは首肯でそれに応じた。
群青区駅前の交差点に建っている六角形のビル。その中には若者向けのテナントが多く入っていて、いつ行っても人が多い。『アドラー』はビルの五階から七階を占める室内スポーツ施設で、様々なスポーツが手軽に楽しめる。デートスポットしても有名で、駅構内には「二人で来れば二倍楽しい」のキャッチコピーと共に笑顔の男女のポスターが貼られている。
「あのビルも、祈願システムのポイントになってるし充分あり得ると思う」
「じゃあ、該当しそうな願い事を探してみよう。チャットルームでコンタクトが取れれば、縁結神社に行ったかどうかも確認出来るだろうし」
早速とばかりにツカサもスマートフォンを手に取る。しかし何かを思い出したように動きを止めると、ユキトの方を見た。
「ユキト君、このアプリダウンロードしてるっけ?」
「無料だろ。今から落とすよ」
「いや、三人がかりで調べるのも効率悪いなと思って。だったら先に、割引券手に入れてきてくれない?」
ユキトは窓の外を見た。依然として雨は激しい。店のすぐ外を、老人がふらふらと歩いていくのが見えた。この中を一人で歩き、一人で『アドラー』に行き、一人で遊んでくる。その状況を想像した途端、外の湿度に負けず劣らずの陰鬱な空気が背中にのしかかって来た。
「冗談だろ」
そう呟いた言葉は、虚しく宙へと散っていった。
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