3.願い事の選別
「あ、それナオもやってるよ」
ナオが明るい声を出す。ユキトは、あの時に幼なじみが傍にいなかったことを思い出した。別に悪気はないのだが、何となく仲間外れにしてしまったような罪悪感が込み上げる。
「お前、こういうの使うのか?」
「システムが見つかる前に、これ使って「河津神社に参拝者が増えますように」って投稿してみたの。あまりにフワッとしたお願い事だからか、誰も叶えてくれなかったけど」
「だろうな。そういうのって、具体的な願い事じゃないと叶えようがないだろ」
「そうでもないよ。チャットツールで人の悩みを聞くだけ、みたいなのもあるし。願い事の叶え方は使う人に任されてるから、割と自由なんだよね」
ナオは自分のスマートフォンを取り出し、アプリを起動した。
街並みの中にいくつもの封筒が配置されている。丁度、そのうち一つが消滅するのが見えた。
「特に恋愛相談のお願い事は多いよ。「プレゼントの相談に乗ってください」とか」
「その封筒って一日で消えるんだよな?」
「うん。だから、すぐに返事が欲しい人が使うの」
そこまで言ってから、ナオは「あっ」と明るい声を上げた。
「そうか。縁結神社に参拝して、更にNyrにも同じ内容の願い事をする人がいるってこと?」
「そういうこと」
ツカサが肯定を返して、言葉を引き取る。
「例えば、ある人が縁結神社に参拝する。巫女さんはその内容に一致するものがNyrにないか確認する。Nyrに願い事を配置出来るのは一日間だけ。つまり、叶えようと思えば一日以内に叶えられる内容を投稿している人が多いはずだ」
「ちょっと待て。説明が早い」
流れるような口調で説明を続けようとするツカサに、ユキトは制止をかける。大体言いたいことは理解出来ているが、曖昧なまま先に進むのは危険だと本能が告げていた。
「美鳥れんこは、Nyrを使って願い事を選別してるって言いたいのか」
「そうでもなければ、その人の本気度なんて測れないからね」
「一日で叶えられるって言うのは?」
「あー……」
ツカサは自分の説明が飛躍していたことに気がついて、眉間に皺を寄せた。
「願い事を叶えるための時間調整が出来ると言ってもさ、それが二日も三日も掛かるものだと、管理が大変だと思うんだよね」
「管理?」
「ポイントが一つなら、それでもいいよ。でも複数のポイントを抑えなきゃいけないのに、解除される時間がバラバラだと面倒じゃない」
「だから、全部一日で叶えられる願い事にしてる……。なるほどな」
納得するユキトの横で、ナオは反対に首を傾げた。
「Nyrの中に同じお願い事があったとして、それをどうするの?」
「先に叶えればいいんだろ。そうすれば、願い事自体が無くなるから、ポイントも解放される」
「あ、そうか」
ナオは両手を打ち鳴らすような仕草をしたが、音が響くのを恐れて指同士を組むに終わった。その努力を嘲笑うかのように、窓には一層激しく雨が打ち付ける。
「でも、どうやって探すんだ?」
「縁結神社は恋愛成就で有名になった。他の願い事も多少は混じるだろうけど、恋愛関係の願い事が圧倒的に多いはずだ。それに加えて、抽象的な願いではなく具体性のある願い事じゃないとポイントを停止することが出来ない」
「それでも結構ありそうだけどな」
「たった一つ、特定出来ればいいんだよ。ナオちゃん」
名前を呼ばれたナオが、アプリの画面から顔を上げる。さっそく封筒のチェックを始めていたようだった。
「駅のすぐ近くにポイントはいくつある?」
「えーっと……十個ぐらいかな」
「カラオケ屋の方は?」
「その近くにある『黒猫』がポイントになってる」
ナオが言った『黒猫』とは、群青駅近くに建てられた銅像の通称だった。本来はもっと仰々しい名前が付いているのだが、あまりその名で呼ばれることはない。駅を出て少し歩いたところにある小さな広場。その中央に設置された猫の銅像は、待ち合わせスポットとして知られていた。
「昨日、巫女さんはカラオケ店にいた。もしかしたらそこで、ポイントの停止状態を確認していたのかもしれない。確か、廊下の窓から黒猫見えるしね」
「猫好きの巫女が好きそうなポイントだよな」
「うん。待ち合わせ場所として使われてる黒猫の像。恋愛関係の願い事を叶えるには最適だと思うな」
ツカサは説明の間も弄っていたスマートフォンの画面を二人に見せた。封筒の一つが開かれて、手紙風のオブジェクトの上に文字が並んでいるのが見える。ナオがその字を目で追いながら口を開いた。
「明日、あの人に会えますように?」
「こういう願い事を選んで、黒猫の前で出会うように調整する。そうすれば、「あの人」に出会うまではポイントは使用中になる」
「でもツカサさん。黒猫は待ち合わせスポットですよ?」
ナオが困ったような声を出す。男二人は揃ってきょとんとした顔になった。
「それがどうしたの?」
「えーっと……多分、今みたいな抽象的な願い事以外では使えないと思います」
「どうして? 待ち合わせ関連の願い事とかあるかもしれないじゃない」
「じゃあ逆に聞きますけど……「明日の待ち合わせ場所を決めたい」とか「待ち合わせに遅れませんように」みたいな願い事があると思いますか?」
少女の目には明らかな戸惑いがある。男たちが気付いていないことに半分驚き、半分失望している様子だった。だが、ユキト達が何も言わないのを察すると、大袈裟なため息をついた。
「恋愛関係の真剣なお願い事をする人は、待ち合わせ場所や時間は、そもそもちゃんと守ると思います。そこを神頼みなんてしません」
そのシンプルな反論に、ツカサとユキトは言葉を失った。言われてみれば確かにその通りだった。黒猫をポイントとして使うのであれば、今のような抽象的な願い事に対して使うのが合理的である。具体的な願い事に対しては、あまり効力がない。
「ナオ達が先回りして願い事を叶えるなら、具体的な願い事じゃないとダメでしょ」
年下の少女に諭すように言われた二人は、若干気まずくなって視線を逸らす。だがナオは、ユキトの肩を掴むと無理矢理顔を合わせる。
「だからね、ユキちゃん」
「あ、あぁ」
「その前なの」
「その前?」
聞き返すユキトに、ナオは何度も頷いてから告げた。
「待ち合わせる前が大事なの」
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