10.停止する願い
真っ直ぐな願いを、ユキトはすぐに叶えてやるべきだと感じた。それは理屈ではなく、まして同情などでもない。ナオが求めているものを知っているからこその行動だった。
「俺たちが見た限りではいなかったと思う。車はちょっと傷ついているのもあったけど」
そう告げると、ナオの緊張した表情が一瞬強張り、そして緩んだ。安堵したのだろう。喉奥から絞りだすような掠れた声で「良かった」と呟いたのが聞こえた。その様子を見て、ユキトも少し気が楽になる。
だが、そうではない人間が一人いた。
「多すぎたんだ」
ツカサが誰に言うでもなく呟いた。視線は焼けたアスファルトに注がれている。何もない場所に地図でもあるかのように、ツカサは視線を真っ直ぐに向けていた。
「キャッスルゲームと一緒だ。いくら優れた方法でも、そこに全部の駒を配置することは出来ない。ルート自体が使えなくなる」
「ツカサ? どうした?」
ユキトが声を掛けたのとほぼ同時に、ツカサは顔を上げた。
「多分、もう図書館を使ったルートは使えなくなってると思う」
「使えない?」
「ナオちゃんが願い事を一点に集中させたせいで、負荷が高くなっちゃったんだ。それで神脈としての力を失って、その象徴である記念樹が倒れた」
早口に述べるツカサに、ユキトは一瞬で取り残される。だがそれに気付かないのか、あるいて気付いていて放置しているのか、ツカサの口は止まらない。
「城同士の防衛ゲーム。何回かやったでしょ? 城を繋ぐいくつかの橋に、どれだけ兵士を攻め入らせるかってやつ」
「何言って……」
「橋には人数制限がある。攻め入る側と守る側で人数を超過した場合は、橋が崩落して兵士も橋もロストする。どんなにそのルートが優れているように見えても、すべての兵士を送り込むことは出来ないんだ」
「図書館でそれが起きたってこと?」
問い返したのはナオだった。当事者である分、まだツカサの言葉にスムーズに付いていくことが出来るらしい。ユキトは仕方なく口を噤んで一歩下がる。
「他の橋が使えないから、使える橋へ回り込んだ。ナオちゃんの行動はひどく合理的だ。でもそのせいで、橋は予想以上の兵士に耐えきれずに落ちてしまった」
「ナオが間違ったってこと?」
蒼ざめたナオに対して、ツカサはそこで言葉を止めた。真っ直ぐにナオを見ると、「いや」と強い口調で否定を返す。
「間違ったというのはちょっと違う。強いて言えば、バランスを崩してしまった。他の場所と等分に使うべきだったものを、一点集中させてしまった。それだけだ」
「それが間違ったってことじゃないの?」
「バランスを取ることに最適解なんてない。長く愛されるゲームは絶妙なバランスを持っているけど、そこに完璧な調整は存在しないんだ。ジャンケンでどの手が一番強いかなんて答えがないように」
右手でジャンケンの手を作りながら、ツカサは話の内容を切り替える。
「問題はこれが、縁結神社の策略なのかどうかだね」
「わざと図書館を使うルートを壊させたってことか? それは無いだろ」
「どうして」
ツカサは間髪入れずに問い返す。ボードゲームをしている時の詰問口調と同じだった。
「そんなことしたら、縁結神社だって神脈が使えなくなる。こっちに願い事を叶えさせないように妨害しているのに、自分の首も締める真似しないだろ」
「巫女さんは意図的に妨害しているのかな?」
「また質問かよ」
「いいから」
文句はすぐに封殺された。ユキトは夏の日差しに脳を焼かれるような感覚の中、思考を巡らす。
「宝くじのこと考えると、意図的にやってるんじゃないか?」
「でも「邪魔した」って言われて、巫女さんは怒ったんだよね。彼女にとっては邪魔したつもりはなかった。妨害と言ったのはナオちゃんたちで、彼女はそれを認めてはいない」
「でも現に、今は願い事が叶えられない状態にあるわけだろ」
「じゃあそれが、いちいちナオちゃんの行動を予期してやっているとでも?」
シンプルな問いかけに、ユキトは言葉を詰まらせた。
数時間前に、れんこは確かにカラオケボックスにいた。ユキトと話している間、システムを起動することはなかったし、何か気にかける様子もなかった。ナオの居場所を聞いてきたぐらいだから、行動を把握していたわけでもないだろう。
妨害をしていたとするなら、恐らくカラオケボックスの中だろうが、そこからナオの動向を把握出来るとは思えない。
「願い事を実行しようとするとエラーとなる。つまり、願い事を叶えるための道筋はあるのに、そこに至れない。でもナオちゃんがどんな願いをどのような順番で叶えようとしているかわからないのに、妨害することは難しい」
「……それは、一つ一つの妨害が独立していればの話だろ?」
ユキトが確認するように問い返し、ツカサはそれに応じて口角を吊り上げた。
「目の前にトイレがあって、そこまでのルートが確保されていても、使用中や故障中だったら使うことは出来ない。それと同じで、各ポイントを「使用中」にしてしまえば複数の願い事を妨害出来る」
「待って、ユキちゃん」
その仮説にナオが否定を唱えた。汗ばんだ額に前髪が張り付いていて、そのためか瞳がいつもより大きく見えた。
「でもそれだと、図書館の記念樹みたいになっちゃうんじゃないの?」
「いや、記念樹はナオが使い続けたから連続で願い事を処理したんだ。もしその最中に縁結神社が使おうとしたら、エラーになってただろうよ」
「五千万円の宝くじを先に取られたように、願い事を叶えるためのルートは先取りだ。そうじゃなきゃ、存在しない五千万円を使うことになってしまって矛盾が生じる」
うんうん、とツカサは自分の言葉に納得して声を出す。
「巫女さんは、主要なポイントを使った願い事を中途半端に止めている。ナオちゃん、この考えどう思う?」
「止めるなんて……」
出来ない、とナオは言いかけたのだろう。だが、何かに気がついて言葉を飲み込んだ。ユキトはそれを見逃さなかった。
「出来るのか?」
「……ルートを選択するときに、時間を調整することがあるの。宝くじをいつ買わせるかとか、どの時間の電車に乗せるかとか。だから、そういうイベントの発生時刻を可能な限り遅らせれば、時間が来るまでは使用中になると思う」
「多分それだな。ということは、止まっている願い事が動かない限りは、ナオはそのルートを使えないってことか」
図書館の記念樹のように、まだ使える場所はいくつか残っているだろう。だが、そこに願い事を集約するわけにはいかないのは、今の状況を見れば明らかである。
これまでと異なる明らかな妨害行為に、三人は揃って苦い顔をした。願い事を叶えるためには、縁結神社が抑えている場所を解放しないといけない。だが、そのためにどうすべきかが問題だった。
「祈願システムは使えないよね。当たり前だけど」
「主要な場所が潰されてるからな。強引に願い事をねじ込めたとしても、記念樹みたいになったら元も子もないだろ」
「となると……巫女さんを説得してみるしかないかな?」
誰もそれに賛同しなかった。ツカサは自分の意見の非現実性を誤魔化すかのように天を仰ぐ。空に輝く太陽は、三人の悩みを蒸発させるかのように燦々と輝き続けていた。
第三幕 終
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