7.禁忌ゆえに?
内容は非常にあっさりとしたものだった。まるで、区民の誰もがそんなことを気に留めていないかのような、あるいは少々の義理で誌面に載せたかのような印象をユキトに与えた。
「神社を管理する人間がいなくなって、あのビルのオーナーが移設を条件として土地ごと買い取ったのか」
「この五年前の区報を読んだら、神主さんの訃報が掲載されてたよ。その後誰も継がなかったとすれば、五年も放置されていたことになるね」
「家族とかいなかったのか?」
「そこまでは。百歳を超えていてなおも神主をしていたみたいだから、家族どころか親族もいなかったのかもしれないね」
「百歳超えてまで働きたくねぇな」
正直な感想を口から溢す。その神主に対して失礼な言い草だったが、ツカサはそれを咎めるでもなく笑って同調した。
「まぁ、仕事はもうしてなかったと思うよ。この歳だとどこかに入院したまま、そこで亡くなったのかもしれない」
「もしそうなら、放置されてたのは五年以上……下手したら十年って可能性もあるな」
「だからこんなに小さい見出しなのかもしれないね。高度経済成長期とかで、ビルがバンバン建ってた頃だから、あまり大きな見出しにすると目立っちゃうし」
ツカサは冊子から手を離して椅子に座り直した。殆ど折り癖もついていない表紙は、ゆっくりと捲れるようにしながら閉じていく。
「縁結神社は歴史ある神社で、少なくともあのビルが立つ五年前までは神主がいた。じゃあなんでナオちゃんはあの神社のこと知らなかったんだろう?」
「ナオが生まれる前だからだろ」
「でも親御さんとかは知ってるはずじゃない。同じ区内の神社なんだから。一度も話題に出ないなんてあり得るのかな?」
「それは……」
ユキトが思い出したのは、小さい頃に幾度となく出入りした神社の社務所だった。祭りが近くなると近隣の住民が一堂に集まり、他愛もないお喋りをしながら祭りの飾りを作ったり、お守り袋の糊付けをしたりしていた。話の内容はいつも似たようなもので、数年前のことを「この前ね」なんて切り出す大人を、内心馬鹿にしながら聞いていた。
あのお喋りの洪水の中、しかしユキトは一度として縁結神社の話を聞いた覚えがない。そもそも皆、河津神社のことを「群青区唯一の神社」と言っていたし、ユキトもそう信じていた。普通に考えれば、そういう話が出た時に誰かが「縁結神社もある」と言っても良さそうである。だが、誰も言わなかった。まるでそんな神社を誰も知らないかのように。
「……おじさんたちも、知らなかったのかもしれない」
「縁結神社を?」
「もしくは、話題にしないようにしていたか」
その言葉を口にした途端、悪寒がユキトの背筋を走った。ずっと存在していたのに、人々から忘れ去られた神社。神主が死んでからも放置され続け、雑居ビルに押し込まれていた神社。
河津神社の人間ですら口にすることを避けていたとするなら、もはやそれは一つの禁忌である。縁結神社は「忘れ去るべき存在」だったのかもしれない。「えんゆう」に禁忌の文字が含まれるわけではなく、あの神社自体が忌むべきものだとすれば、調べたことにも多少の整合性は付く。
「ユキト君」
顔色が変わったことに気がついたツカサが、心配そうに声を掛けた。
それを一度だけ見返してから、ユキトは行き場の無くなった視線を自分の手元に向ける。
「……なぁ、もし縁結神社が何らかの目的で雑居ビルに隠されていたとしたら、どう思う?」
何度目の仮説かわからなかった。今日は確証のあることなど何一つしていないように思えた。想像と空想を繰り返している感覚が、ユキトには少し気持ち悪かった。ボードゲームのルールを考えている時とは違う。恐らく現実を基盤にしている故の感覚。一歩踏み違えても誰も指摘してくれないまま、どこまでも誤った場所に迷い込みそうな不気味さがある。
だが、ユキトの内心など知らないツカサは、いつものようにゆっくりとした仕草で首を傾げた。
「隠されていた……大体そういうのって、強大な力を持っている武器とか、呪文とかだよね。空から女の子落っこちてきたりする展開」
「ゲームにありがちな展開だな」
「あとは呪いとか。あぁ、でもこの場合はもっとしっくり来るものがあるね。ユキト君だってわかってるんじゃないの?」
それにユキトは何も返さなかった。自分でそれを言ってしまう事態を避けたかった。あまり意味がないことを十分理解はしている。そんな愚かな悪あがきは、ツカサの声によって呆気なく払い除けられた。
「祈願システム、だよ」
ユキトは予想を裏切らない答えに、半分感謝して半分後悔した。
かつての場所も社も失い、管理する人間もいなくなった縁結神社に何かあるとするならば、祈願システムぐらいしか思いつかない。そしてこの考えが正しいとすれば、自ずともう一つの結論に行き着く。
以前、一度感じた懸念。祈願システムに対する畏怖にも似た感情が再びユキトの中に芽生えていた。
「河津神社のも、同じだよな?」
「まぁ……そうだろうね」
ツカサが珍しく、慎重な声で返す。そして何かを続けて言いかけた時だった。窓の外からけたたましいクラクションの音が聞こえ、続けて重いものがぶつかる振動が建物内に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます