6.隠された意味

 早速、資料の閲覧を始めた二人だったが、それは想像より遥かに苦心する作業だった。調べ物に慣れているはずのツカサですら、開始十分後には小さく溜息をついたほどである。

 群青区の神社にまつわる資料は、大小合わせて二十冊はあった。漫画や写真集であれば、パラパラとページを捲って目ぼしい場所を見つけるだけで済むが、資料の殆どは活字を敷き詰めたものだった。その活字も、掠れているうえに小さい。普段から本など読まないユキトにとっては、拷問にもよく似た時間と化していた。


「これも記載なし」


 漸く確認が終わった一冊をユキトは棚へと戻す。「土地信仰・その地の神々」という名前の書物には、小難しい文章が長々と書かれていたが、神社というよりは各家庭内の俗習をまとめたものだった。


「そっちは?」

「んー」


 ツカサは黄色く褪色したページを指先で摘むように捲りながら呻いた。


「縁結神社っていう名前になったのは、江戸時代ぐらいみたいだねぇ。それまでは何度か違う漢字が当てられてたみたい」

「名前が変わってるってことか」

「えんゆう、という読みは一緒だよ。「円有」とか「炎由雨」とか、結構その時代によって変わってたらしい」

「そういうのって珍しいのか?」

「どうだろうね。今と違って昔って漢字がころころ変わってたらしいから」


 肩を竦めたツカサに対して、ユキトは首を傾げる。「縁結」という名前と現在の所在地から、縁結びの神様だと信じて疑っていなかった。だが、実際には何度か漢字が変わった末に現在のものになっている。つまり、何らかのカモフラージュとして、「縁結」という漢字を当てた可能性がある。

 ユキトはスマートフォンを出して、メモ帳アプリを開いた。そこに「えんゆう」と打ち込んで変換を掛けてみる。しかし表示されたのは「園遊」「円融」ぐらいで、他に目立った言葉はない。それでも一度思いついた仮定を簡単に捨てたくなくて悪あがきをする。


「何か隠すために「縁結神社」って名前にした可能性は?」

「……何かって?」


 ツカサの返答は、ある意味ユキトの予想通りだった。


「いや、ユキト君が何を聞きたいのかはわかるよ。なんか忌み嫌うべきものを隠すために、縁起の良い名前をつけるっていうのは、昔からよくあったみたいだし。でも、「えんゆう」で思いつくものは無いよ」


 そう言い切ってから数秒の間を挟み、ツカサは「俺は、知らない」と付け加えた。ユキトは静かに落胆して、次の書物を手元に引き寄せる。


「いい線いってると思うんだけどな」

「仮説を立てるのは悪いことじゃないと思うよぉ。調べるだけじゃわからないことってあるし」

「先生みたいなこと言うなよ」


 小声で話をしながらの作業を、奥にいる職員は今のところ咎める気はなさそうだった。隣に会議室もあるし、この程度の音は許容範囲内なのだろうと二人は解釈していた。

 ユキトは先ほどよりも更に文字の敷き詰められた本を見て、内心で溜息を吐く。ネット社会に慣れてしまった目は、順番に文字を追うことに拒絶反応を示しがちだった。それでも何とか意識を集中し、ページをめくっていく。半分惰性のような行動は、しかし数分後に唐突に止まった。


「……あれ?」


 殆ど無意識だった。だが、視界に一瞬だけ入った文字がユキトの興味を引いた。少し姿勢を正し、見失ってしまったその文字を紙の上から再び探し出すべく身を傾ける。開いたページのほぼ中央に、「日和津」という文字があった。

 読み仮名はないが、河津神社のことだと確信する。それは江戸時代の古い文献に書かれた一説をそのまま抜粋したものだった。数行ほど、古文で書かれた文章が連ねられた後に、簡単な現代語訳が添えられている。本自体が古いので、現代語訳と言っても少々古臭い言い回しが目立ったが、内容を理解するには十分だった。


『日和津神社の巫女の託宣はよく当たり、もう一方の神社よりも優れていた。それを妬んだ神主は日和津に嫌がらせを重ねて、やがて罰が当たったのか早死にしてしまった。巫女は長生きして、その孫の孫の代まで人々のために働いた』


 解説文には、これが群青区に伝わる昔話だとされていたが、ユキトには全く馴染みがなかった。もしかしたら遥か昔には語り継がれていたのかもしれないが、何処かで途絶えてしまったのだろう。「かぐや姫」や「桃太郎」などのメジャーな物語と比べるのは酷としても、面白みのない内容だった。


 しかしユキトが気になったのは、話の内容ではなく漢字のほうだった。縁結神社と同様に、河津神社も表記が変わっている。同じ区にある二つの神社が何度も表記を変えているのは、偶然としては出来過ぎだった。そこには何か人為的なものを感じる。

 ページを開いたまま考え込んでいたユキトだったが、その肩をツカサが遠慮がちに突いた。少し驚いて顔を上げると、「あっ」と相手が小さな声を出す。


「寝てるのかと思った」

「考え事してただけだよ。何かあったか?」

「うん。縁結神社があのビルに入った理由がわかったよ」


 ツカサはテーブルの上を滑らすようにして、一冊の薄い冊子をユキトの前においた。安っぽいテラテラと光る表紙には「群青区報」と筆文字でロゴが入っている。群青区でのみ発行されている地方誌で、ユキトの家にも何冊か置いてある。中身は読んだことはなく、暇な時に裏表紙のクロスワードパズルに挑戦する程度だった。

 ツカサが手を伸ばし、表紙を捲る。区内の訃報などが書かれているページに、「縁結神社の移設について」という見出しが、申し訳程度の太字で置かれていた。

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