10.占いの森

 果たして、そのビルはハルの言った通り、否、もう少し奥の方に存在していた。壁は塗り直されているが、窓の形や屋上のフェンスが時代を感じさせる。しかし、ユキトはそれよりもビルの入口から放たれる独特の雰囲気の方が気になっていた。


「おい、これって男が入っていい場所か?」

「下着屋よりはハードル低いと思う」


 ナオがあっさりと言ったが、入りにくい場所の最上級を例に出されたところで慰めにはならなかった。それより上となると女子更衣室とか女子トイレとか、もはや犯罪の領域になってしまう場所しか残らない。


「ユキちゃん、急に出て行ったと思ったら、急に呼び出すんだもん。落ち着いて行動してよね」

「お前が俺に八つ当たりしなきゃ、急には出て行かなかったよ」

「だってぇ」


 ナオは頬を膨らませたが、気を取り直したように笑顔になった。電話で呼び出した時にはまだ不機嫌が残っている口調だったが、今はそれも殆ど残っていない。

 ツカサはついて行きたそうにしていたが、まだ巻き込むわけにはいかないと判断して喫茶店に置いてきた。ただ、この外観を見ると置いてきて正解だったと思わざるを得ない。流石に男二人で入る場所ではなかった。


「此処の神社に、システムの使用者がいるんだよね?」

「それを確かめに行くんだよ」


 建物の入口は、チケット売り場が併設されていた。入場券と占い券がセットとなったチケットを購入して中に入るルールとなっている。売り場の中にいるのは若い男性で、エスニックな衣装に身を包んでいた。

 チケット売り場のすぐ側には、占いグッズを売るブースもあり、そこでは若い女性が楽しそうに、あるいは真剣そのものの眼差しで物色している。恐らく中も似たようなものだと思われた。


「本当に神社なんてあるのか?」

「そこに書いてあるの見る限りは、五階にあるみたいだよ」


 チケット売り場の横には、雑誌の切り抜きやネットの記事を印刷したものがラミネート加工された状態で貼られていた。その内容によれば、縁結神社は占いの森を抜けた先にある階段を使って向かうらしい。ご丁寧にもその下には、従業員の手書きと思しき文字で「不法侵入は警察に通報します」と添えられていた。


「縁結神社なんて聞いたことないけどな。ナオは知ってるか?」

「ううん、知らない。神社はうちだけだと思ってたし。もしかしたらイベント用のもので、正規の神社じゃないかもしれないよ」

「そうかもな。でも確認するに越したことはないだろ」


 二人はチケット売り場に向かい、一番安いものを二枚購入した。入場券と占い券が一緒になったタイプで、一回だけどこかで占いをしてもらうことが出来る。ただ、一番安いとは言え結構な値段で、ユキトはナオの分まで支払う羽目になった。


 神秘的な紫色に銀色の文字で印字されたチケットを、売り場横の入場ゲートでチェックされ、中へと通される。黒い布で覆い隠されていた入口を通り抜けると、中には想像よりも広い空間が待ち構えていた。


 高い天井には夜光塗料で星空が描かれ、長さがバラバラの鎖で吊り下げられたランプは、様々な色のガラスで飾られて、お互いの光を反射して輝いている。その下には小さなブースがいくつも並んで、それぞれ個性的な装飾を競っているかのようだった。


「ユキちゃん、折角だから占いしていかない?」

「俺は遠慮しておく」

「ナオとユキちゃんの相性調べようよ。此処にいる「Tomo」って占い師、よく当たるんだって」


 どうやら来る前にしっかりチェックしていたらしい相手に、ユキトは短い溜息を吐いた。狭い通路を行き交う他の客たちは、いずれも楽しげな表情をしていて、二人は少々浮いてしまっていた。だが、見方によっては「彼女に無理やり連れてこられて不機嫌な彼氏」という構図に見えないこともない。


「絶対に嫌だ」

「何で? きっとナオとユキちゃん、相性抜群だよ。結婚とか勧められたりして」

「だから嫌なんだよ」


 万一そんな結果が出たら、ナオはきっと大喜びで受け入れるだろう。幼い頃の約束という武器が、更に強化されてしまう。今のところナオのことは「嫌いではない」程度にしか思っていないユキトとしては、相手ばかりが有利になるのは避けたかった。

 だが、そんな微細な心情を知らないナオは、不満そうに口を尖らせる。


「一回ぐらいやってもいいじゃん。ナオ、悪い結果でも全然気にしないし、いい結果だったら信じるから」

「占いの意味ないだろ、それだと」


 冷静に指摘したユキトだったが、ふと視界の端に何か見えた気がして口を閉ざした。神秘的な景色の奥、唐突に青白い光とコンクリートで出来た空間が顔を覗かせている。ひび割れた壁に金属製の板が打ち付けられているのが見えたが、何が書いてあるかまではわからなかった。だが、ユキトが気になったのはそれではない。


「ナオ、今の見たか」

「何かあった?」


 店内に気を取られていたナオは、きょとんとした表情で聞き返す。ユキトは何となく声を潜めて、ナオの耳元に口を寄せた。


「あそこに一瞬だけ、ディスプレイが見えた。多分、お前が使ってるシステムと同じやつだ」


 ディスプレイそのものが見えたわけではない。金属の板に反射しているのを捉えただけである。だが、ここ数日で何度も見ているものを、反射像とは言え見間違うわけはない。

 人波をかき分けるようにして、コンクリの壁の方へ向かう。フロアの一番奥にあったそこは、どうやら階段室のようだった。動かないのか動かしていないのかわからないほど古いエレベータには「停止中」と貼り紙が貼ってある。その横には狭い階段が、上の階へと繋がっていた。先ほど反射していた金属板には、薄い文字で「縁結神社」と書かれている。この階段の先に、神社があるようだった。


「システムを動かしてた奴も、多分上にいるな」

「この神社の関係者なのかな?」

「それも聞けばわかるだろ。こっちの邪魔するなって伝えなきゃいけないし」


 階段に足を乗せると、薄いタイル状の床材がパキリと音を立てた。同じようにして割れて行ったであろう破片が、階段の左右に固まっている。あまり掃除をした形跡はない。


「もし、こっちのお願い聞いてくれなかったらどうするの?」


 後に続くナオが、当然の疑問を発した。ユキトは数段無言で階段を昇り、踊り場で一度足を止める。振り向くと、ナオが不安そうな表情を浮かべていた。


「それはその時考えるよ」


 相変わらずの行き当たりばったりな意見を、しかし堂々と言い切る。ナオは釈然としない表情で、同意するかのように一度だけ頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る