9.架空の存在
「神様がいない?」
問い返したのはツカサだった。発言の意図を問うているわけではなく、今の言葉をそのまま復唱した形に近かった。
「無神論者ってこと?」
「そんな立派なものじゃないよ。単に神様という存在を認識していないだけ。幽霊と一緒だよ」
ハルは肩を竦めながら言った。
「ゲームの世界で、神や悪魔や幽霊がどれぐらい出てくるか知ってる? 下手したら登場人物の半分以上が人外だったりするんだよ。要するにそれって、「こういう存在はファンタジーです」って世界が証明しているようなものでしょ」
「証明なのかな、それ」
「証明は言い過ぎかもしれないけど。要するに魔法とかエクスカリバーとかと一緒で、オレにとっては神様は、ゲームの中の一要素に過ぎないんだよ。ピンクの髪した幼馴染や、あり得ない髪型のイケメンみたいなものって言えばわかる?」
あぁ、と二人はハルの言いたいことを理解して同時に相槌を打った。現実世界では存在せず、しかしゲームの世界では当たり前のように出てくるもの。ハルにとっては神様はその位置付けであり、神様に願い事をするというのは、「ゲームの中の登場人物に恋をする」ような感覚に違いなかった。
「じゃあ何で、神社にお参りするんだ?」
今度はユキトが問いかけた。それに対しても、ハルは極めて単調な答えを返す。
「ルーチンワークだよ。お参りしないと気分が乗らないから、そうしてるだけ」
「神様を信じてないのにお参りするのって、意味がない気がするけどな」
「変なこと言うね、お兄さん。神様はいないけど、神社はあるじゃん」
ハルはあくまで実物主義のようだった。神社があるからお参りだけはする、という行動をユキトはさっぱり理解出来なかったが、反論出来るほどの情熱も知識も持ち合わせてはいないため、口を噤む。
そもそも河津神社の願い事は、人間であるナオが叶えている。あのシステム自体は、もしかしたら神が作った物かもしれないが、今のところその存在を感じるような事象は起こっていない。そういう意味で言えば、「神様はいない」とするハルの言葉は正しかった。
「それに今の時代、神様よりも頼りになる救世主は沢山いるよ」
「救世主なんて大袈裟だねぇ。怪しい話?」
「違う、違う。このアプリで使われてる用語のこと」
ハルはスマートフォンを取り出して、何度か指を画面に走らせたあとにテーブルにそれを置いた。表示されているのはどこか近未来的な街並みで、その中に封筒のような形のアイコンがいくつも置かれている。
「ソーシャルコミュニティツール『
「スマホゲームか」
「ゲームじゃないよ。チャットツールみたいなもの。登録すると、「手紙」を配置することが出来るんだ。内容は何かの依頼。「限定品を譲ってください」「おいしいランチのお店を教えてください」「エアコンの取り付けを手伝ってください」とか多種多様なものが、こういうアイコンの形で転がってる。それを別のユーザが叶えてあげると、救世主ポイントが加算されていく仕組みだね」
画面の上の手紙を、ハルの指がタップする。内容は、限定品のコスメが何処に売っているか、情報を募るものだった。
「手紙の効果は半径十キロメートル以内、二十四時間のみ。人助けのためのツールって感じかな」
「聞いている限り、よほどのお人好しが登録しないと意味なさそうだな」
「と思うでしょ? でも実際、このアプリで救世主ポイントを稼いでいるのは、承認欲求の塊みたいな人ばっかりだよ」
画面が切り替わり、掲示板のようなものが表示される。叶えられた願い事が羅列されて、感謝の言葉が添えられていた。それとは別に、カウンターのようなものがあり、見ている間にもどんどんと数字が増えていく。
「これは救世主に与えられる「祝福」。願い事とは関係のない第三者が贈ってるんだ。簡単な願い事を叶えただけで、こんなに喜ばれる。承認欲求をお手軽に満たしたい人にはピッタリのアプリってわけ」
「いかにもネット社会って感じだな」
同じ画面には、救世主のランキングも載っていた。ランキングで一位になると、一ヶ月間アプリの中の風景を自分の好みにカスタマイズ出来るらしい。そういった特典に惹かれる者も多いのだろう。
「だから別に、神様にお願いなんてしなくてもいいんだよ」
「シビアだねぇ。若い子って皆、こうなのかなぁ」
自分も十分に若い部類にも関わらず、ツカサがわざとらしく嘆く。冷めてきた珈琲を一口啜り上げてから、そのまま質問を重ねた。
「占いとかも信じないタイプでしょ?」
「まぁね。でもこの前、話のネタになるかなと思って『占いの森』には行ったよ。雰囲気は結構好きかもしれない」
「占いの森?」
聞き慣れない言葉にユキトは鸚鵡返しする。ハルは「えーっと」と少し考え込んでから口を開いた。
「北口の、駅前通りから少し右側に逸れたところに、青い星のオブジェが飾られたビルがあるんだよ。中には沢山占い師が店を構えてて、回数券を買って好きなところで占いしてもらえるんだ」
「そんなところ出来たのか。最近だろ」
「結構前からあるよ。でも人気が出たのはここ半年ぐらい」
その時、再び店の扉が開いた。今度は客らしく、カウンターの中からマスターが丁寧に頭を下げる。見るからに割腹の良い初老の男が、慣れた様子でカウンター席に腰を下ろした。
「あ、いけない」
ハルは接客に戻るため、テーブルの上のスマートフォンを回収した。しかし、話が中途半端であったことに気がつくと、若干早口で言葉を連ねた。
「そこであるお守りを買って、お参りすると願いが叶うって噂だよ。実況でそれ話したら、凄い反響あった」
「お参り?」
「うん。ビルの上に神社があるんだって。確か……縁を結ぶで「
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