8.ゲーマー少年
「さっきはどーも」
やはり今回も話しかけたのは相手のほうだった。カウンターの上に抱えていた荷物を置いて、そのついでとばかりにユキトのほうに近づく。
「お店の常連さんだとは知らなかったな」
「常連ってほどじゃないけど……。君はこの店のバイト?」
ユキトの問いに対して、相手は肯定を返した。
「といっても、親戚のよしみで手伝ってる程度だけどね」
「あ、そうか。夏休みだもんねぇ」
不意にツカサがおかしなことを言うので、ユキトは怪訝な眼差しを向ける。ツカサはボールペンを回しながら自分の発言に納得するように数度頷いた。
「ハル君が朝からいるなんて珍しいとは思ってたんだ」
「オレだって朝早く起きることもあるよ」
どうやら二人は顔見知りのようだった。元々、ユキトがこの店に顔を出すようになったのも、ツカサに連れてこられたのがきっかけである。そこのアルバイトのことを知っていてもおかしくはなかった。
ユキトの視線に気がついたツカサは、その意味を悟って「あぁ」と声を出した。
「彼はハル君。この店のマスターの甥っ子だよ。確か高校一年生だっけ?」
「そう。……あ、名前言ってなかった。三宅ハルです」
「……香山ユキトです」
丁寧に自己紹介をした相手に、ユキトは少々肩透かしを喰らった気分だった。朝も感じたことだが、格好と言動が一致していない。黙っているといかにも社交性が低いタイプなのに、口を開くと育ちの良いお坊ちゃんタイプになる。まるで無理してそのファッションをしているようにすら見えた。
「ハル君はねぇ、すごいんだよ。ネットとかにも詳しいし、頭もいいしさ」
「やめてよ。絹谷さんはすぐにそうやって揶揄うんだから」
はにかむような笑みを見せて、ハルは返した。だが強く否定はしないあたり、ツカサの言葉は的を得たものらしい。
「そんな謙遜しないでもいいじゃない。俺はネットゲームとか全然詳しくないから、聞くだけで勉強になるよ」
「でも絹谷さんが作ってるのって、ボードゲームでしょ? ネットの知識なんて役に立つのかな」
「いやぁ、何が役に立つかわからないよ。ボドゲの世界は独創性が物を言うからね」
「ネトゲするのか?」
ユキトが口を挟むと、ハルは頷いた。
「小さい頃から、ゲームと言えばネトゲだし」
「ハル君は、その世界では有名なプレイヤーなんだよ。企業からお金を貰ってプレイ動画を配信したりしてる」
「あぁ、そういうの多いよな。特にネット対戦物とか」
ユキト達が小学生の頃から、動画サイトを利用したゲームの実況配信は当たり前の存在だった。人気のゲームともなれば、百人単位の実況者がこぞって動画を配信し、プレイ内容や話術などで再生数を稼いだ実況者には企業から「自分の会社のゲームをプレイしてほしい」というオファーが来る。ゲームをしてお金が貰えるというのは、子供の価値観からすれば最高の仕事であり、小学生の将来の夢にも「ゲーム実況者」が何度かランクインしていた。
「お兄さんも見るの?」
「偶に。『ファイヤ・オブ・ラビット』とか」
ここ数年人気の、バーチャルサバイバルゲームの名前を挙げると、ハルは顔を輝かせた。
「それ、オレもやってる。この前、全国大会の予選があったんだけど、知ってる?」
「五時間かかったやつだろ。見たよ」
「四位だったんだ。だから今日の準決勝にも出る予定」
それを聞いて、ユキトは少し前の記憶を辿った。休日、することもなくて家で大会の動画を見ていた。大勢の参加者がいたことは覚えているし、そのうち十人が準決勝に進んだことも知っている。だが流石に、それぞれのプレイヤーの名前までは把握していなかった。「どうせ常連なんだろう」程度に見ていただけである。
「プレイヤー名は?」
「「ミケ・プラス」だよ。オレのこと知らない?」
「……知らない」
正直にユキトが言うと、少年は不満そうな顔をした。
「結構、名前売れてきたつもりなんだけどな。グッズも好評なのに」
「グッズって、その猫のTシャツのことか?」
プレイヤー名を連想させる三毛猫のロゴを見て、ユキトはそう尋ねた。ハルは気づいてもらえたのが嬉しかったのか、得意気に服の生地を手で伸ばして、ロゴマークを見せつける。
「お兄さんもどう? 今なら直筆サイン入り」
「遠慮しておく」
「貴重なチャンスなのに。そういうの逃す人は大成しないんだよ」
ハルはそう言いながら手を離した。猫は再び服のシワの中に折り込まれる。それからふと、思い出したように話題を転じた。
「そういえばお兄さんって神社の人なの? 参拝客じゃないって言ってたけど」
「いや、知り合いが神社の関係者ってだけだ」
「そうだよね。オレ、結構神社に行くけどお兄さんのこと見たことないからさ」
「結構って、どれぐらいだ?」
うーん、とハルは左目を何度か瞬かせた。
「月に三回ぐらい。ゲームの大会がある日は必ず行ってるかな」
ユキトはその意外な言葉に耳を疑った。回数に驚いたわけではない。ハルが何度か参拝していたことは、ナオに教えられて知っていた。驚いたのは、参拝する理由である。
ゲームの大会がある時に神社に行くと言うことは、その目的は必勝祈願だろう。なのに、祈願システムにはハルの願い事は登録されていない。どういうことかと、尋ねたい気持ちを必死に飲み込んだ。「願い事をしていない」という自分以外が知る由のないことを、今朝会ったばかりの男から聞かれれば、警戒されるに決まっている。
悩むユキトの様子を知ってか知らずか、ツカサが横から口を出した。
「熱心だね。優勝出来るように神様にお願いしてるんだ?」
「は? そんなわけないじゃん」
疑問に対して、ハルが明確な否定を返す。眼鏡の奥の左目が、年上の彼らを小馬鹿にするように笑っていた。
「神様に願い事なんてするわけないよ。そんなの、いないんだから」
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