6.妨害する少女
少女は眼前に表示された「SUCCESS」の文字を確認してから、右手を横に払う仕草をして、体を囲むように展開していた複数のディスプレイを終了させた。
手にしていた棒付きのキャンディを口の中に入れると、それを舐めながら一歩前に出る。足元にあった雑誌の切れ端が華奢なミュールに引っ掛けられて真っ二つに裂けた。少女はそれを気にすることなく、すぐそこにある銀色のフェンスに近づいた。フェンスの向こうには広い空と、六角形のビル、駅前の交差点がある。まだ早い時間だからか、人通りはそれほど多くはなかった。だがあと二時間もすれば、このあたりは賑やかしくなる。少女はそれをよく知っていた。
「とりあえず、一個は妨害出来たかな」
右手で頬に掛かる金髪を払いながら呟く。数日前に染めたばかりの髪は、しかし今は金色というよりは緑がかって見えた。彼女が背にした給水塔の、その更に上に掲げられた青い星形のオブジェが、朝日を反射して同色の影を落としているためだった。このビルが建てられた数十年前は、恐らくシンボルマークとして機能していたであろうそれも、今の時代にはただの古臭い看板に過ぎない。
少女はフェンスから暫く街並みを見下ろしていたが、ふと足元から短い鳴き声がしたのに気が付いて視線を下げた。そこには小さなサバトラ柄の猫が一匹、甘えるように体を足に擦り付けていた。
「お腹空いたの? ご飯にしようか」
少女は優しい声で言いながら、少し身を屈めて猫を抱き上げた。猫の丸い大きな瞳に映る顔は、髪の色に相応しいメイクを施してあったが、口元や顎のラインなどには十八歳相応の不安定な幼さが出ている。
「ごめんね。でもあいつらに先越されるわけにはいかないから」
フェンスから離れ、給水塔をぐるりと迂回する。ビルのどこかで冷房を点けたのか、近くに積まれた室外機の一つが激しく回っていた。下から伸びるチューブは苔に塗れているが、他の室外機も概ね同じようなものだった。どこにでもある汚いビルの屋上で、どこにでもいる少女は、どこにでもいる猫に頬を寄せる。
「河津神社にばかり願い事を叶えさせちゃ駄目なの。わかるでしょ? こっちのほうの客まで取られちゃうもん」
屋上の出入り口の扉に手をかけて、少女はビルの中に移動した。朝早いとは言え、太陽が昇る速度は馬鹿には出来ない。そろそろ真夏の日差しが勢いよく地表を焼く時間帯になろうとしていた。
暗くて狭い階段を下りて、似たような廊下に出る。剥がれた床材が一歩ずつ踏みつぶされて割れそうな音を立て、錆に塗れた窓サッシの中で硝子が居心地悪そうにガタガタと鳴っていた。少女はそれらを無視して、目の前の扉に手を掛ける。それは周りには全く見合わない、木と紙で作られた障子戸だった。少し引っかかりながら横にスライドした扉に、猫が不満そうに声を上げる。少女は気にせずに中に入り、再び引き戸を閉めた。
カーテンのように幾重にも重なった布を、左右に払いながら奥へと進む。五枚目の布を払いのけると、開けた場所へと出た。誰もいない広い空間に、一つだけ照明が灯っている。その下には、白い鳥居と白い社が佇んでいた。ビルの中に建てられたその神社に、彼女は特に驚くでもなければ何か言うわけでもなく、賽銭箱の上に猫を置く。明らかにこの場所を知っていて入ってきた者の仕草だった。
「まだ拗ねてる?」
サバトラの顔を覗き込んで、少女は尋ねた。返事の代わりなのか、猫は尻尾で賽銭箱を叩く。片手で持ち上げられるほど小さな猫には、それが精いっぱいの抗議だった。
「美味しいカリカリあげるから許してよ。それとも、猫缶がいい?」
猫の顎に少女は指を入れて、優しく撫でた。猫は最初は嫌がるように首を左右に振ったが、すぐ誘惑に負けてしまって喉を鳴らす。
そんな猫と少女を、社の上に掲げられた「
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