5.ルートの選択、そして
「五千万欲しい?」
社務所の中にユキトの素っ頓狂な声が響くと、ナオはそのリアクションに満足して数度頷いた。台所のテーブルの上には、食べ終わったアイスの袋が二つ置かれたままになっていて、黒いパッケージにはナオが起動したシステムの一部が反射している。
テーブルを挟んで座った両者の間で、ディスプレイはいつものように淡々と願い事に必要な場所や行動パターンを表示していた。
「何だ、その願い事」
「町工場の社長さんみたい。倒産の危機? 不渡り? よくわからないけど、お金が必要なんだって」
高校生であるナオは、願い事の詳細を見てもよく意味がわからなかったのか、随分と乱暴なまとめ方をした。経済や経営に特別興味がない限り、ナオやユキトの年齢でそれらの言葉を性格に把握している者は少ない。ただ、ドラマなどの知識から、何となく「お金が無くて困っている」と解釈することは可能だった。
「一ヶ月前から毎日お参りに来ていたから、内容は知っていたんだけど、文字が光らないから放っておいたの。でもほら」
ナオは一覧を指し示した。だがユキトはそれより前に、黄色く光っている文字を目に捉えていた。逆側から見ているので鏡文字ではあるが、「五千万」という数字はよく目立つ。
「今日見たら光ってたの。システムの方で、願い事を叶える準備が出来たってことかもしれない」
「五千万円の?」
にわかには信じられずに、ユキトは首を傾げた。五千円程度ならどうにかなるかもしれないが、桁が違う。まさか賽銭箱にそんな金額が入っているとも思えない。
「五千万円を手に入れるための準備、だよ」
ナオが言い直しながら、左上のディスプレイを中央に引き寄せた。
そこには地図が表示されており、三箇所に赤いマーカーが点滅している。
「いつもみたいに自動で実行してくれるのかと思ったら、この画面で止まっちゃったの。色々見てみたんだけど、五千万を手にするルートをここから選べってことみたい」
「パターンがあるってことか。内容は?」
「それを今から見るところ」
実験で中断したから、と説明してナオは点滅しているマーカーを一つ指で弾いた。
「第一案は……交通事故みたいだね」
駅前の交差点と、人の群れ。その中心で煙を上げるトラック二台が映し出される。どうやらカーブする時に衝突したようだが、どちらも有名な運送会社のロゴが入っている。少なくとも町工場のものではない。
ユキトは数秒考えた後に、それが意味することを悟って青ざめた。
「まさか、事故って死なせるってことか」
「慰謝料とか、保険金とかで五千万が工面されるってことかも」
「確かにそれぐらいは手に入るかも知れないけど、死んじまうのは駄目だろ」
思わず語気を強めたユキトに、ナオが驚いた顔をした。
「ナオに言わないでよ。これを選ぶなんて言ってないもん」
「悪い、つい」
「で、次が……」
二つ目のマーカーはすぐ近くにあった。今度は道路ではなく、そこに面した店舗の一つが映し出される。派手派手しいポスターに、煽るような「本日大安」のポップ。小さな窓口の横に設けられた小さな神社。
「宝くじ売り場?」
「今ちょうど、夏の宝くじ売ってるよね」
ナオの言葉の通り、そこに貼られているポスターには「夏のビッグチャンス!」と書かれていた。すぐ隣にはコピー用紙を組み合わせたような少し粗い印刷物が貼られており、「一等 三億円」と太く大きな文字が見える。そしてその二つ下に「三等 五千万円」とあった。
「当たりくじを買わせる……ってことか? そんなことまで予想出来るのかよ」
「お願い事沢山叶えたから、出来ることが増えたってことなんだと思う。ある程度の……えーっと、予知? みたいなことは今までも出来たけど、ここまでのは初めてだから」
そう言われてユキトは、恋する少年のことを思い出した。確かにあれも二人の行動を予知し、その行動パターンを変えた。人の行動を予知出来るのであれば、宝くじの当選番号を予知することも可能なのかもしれない。そして、それを故意に一人の人間に買わせることも。
ユキトはその途方もない超技術に感嘆すると共に、先ほど「一億円欲しい」と願わなかったことを少し後悔した。
「三つ目は……銀行?」
最後のマーカーに触れたナオが、表示された映像を見て首を傾げた。駅の北口から少し離れた場所にある、ある銀行の支店だった。だがその前にはパトカーが複数台泊まり、警官が何人も見える。正面のガラス張りの自動ドアは半壊しており、血のようなものが見えた。
「あ、これ銀行強盗だ」
「銀行を襲撃して五千万奪えってことか? そりゃ成功すれば金は手に入るけど、使う前に逮捕されるだろ」
「願い事は「五千万欲しい」だもん。逮捕されるかどうかは別問題でしょ」
割と正論を言うナオだったが、流石にその選択肢は気が進まないのか、すぐに画面を閉じた。
「どれがいいと思う?」
「宝くじだろ」
即答したユキトに対して、ナオは少し浮かない顔だった。それを見たユキトは眉を寄せる。
「まさか、交通事故や銀行強盗のほうがいいのか?」
「そうじゃないけど」
ナオは首を少し傾げた格好で、数秒考え込んでから呟いた。
「もし宝くじがなければ、どっちか選ばないといけなかったのかなって、そう思っただけ」
「……そういう場合は、叶えなければいいだけだろ」
相手が言わんとすることを理解しながら、ユキトは敢えてそこから目を逸らすようなことを言った。今回の願い事は、叶えなければ倒産するだけであるが、もしこれが人の生死に関わるようなものである場合、あるいは二つの大きなものを天秤に掛けるような内容だった場合、迷いもなく一つの選択肢を取れるかはわからない。
「神様じゃないんだから、そこは割り切って行こうぜ。叶えられるものだけ叶えていけばいいんだよ。誰かの願い事のためにナオが落ち込むのは馬鹿げてるだろ」
「そうかな」
「お前だって昨日言っただろ。「願い事でも人を殺すのは嫌だ」って。それと一緒だよ。嫌なものはやらなくていい。俺が許す」
そう言い切ると、ナオは軽く吹き出した。
「ユキちゃんが許してくれるの?」
「不満か?」
「ううん、ユキちゃんなら良いかな」
はにかむような笑みを見せたナオは、気を取りなおすかのように右手を宙で二度払った。そして、宝くじ売り場で光っているマーカーを指で押す。一瞬全てのマーカーが輝いた後に、選択した場所を中心に複数のディスプレイが展開した。
「動いたか?」
「うん。あとはいつも通り少し待てば、処理が終わる筈」
高速で動く数値。目まぐるしく切り替わる映像。それらを見ながら、ナオは「ユキちゃん」と呟くように名前を呼んだ。
「ありがとう」
「何がだよ」
「許すって言ってくれて。本当はナオね」
そこから先の言葉は続かなかった。突如部屋中が真っ赤に染まり、ブザーのような音が短く何回か響き渡ったためだった。
二人は突然の出来事に驚いて目を見開く、両者の目には真っ赤なディスプレイが映り込んでいた。「ERROR!」の文字が目に痛いほどに交互に点滅している。
「な、なんで!?」
状況を理解したナオが、椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がった。画面の表示は明らかに、願い事が叶わなかったことを示している。ナオはいくつものディスプレイを引き寄せては開くことを繰り返していたが、最後に願い事の一覧を見て手の動きを止めた。そこには、エラーとなった原因と思しきメッセージが表示されていた。
実行が中止されました。ステータスを「不可」に変更しました。
該当の願い事は他システムの操作により中断されました。
「他の……システム?」
ナオの唖然とした声が、その落胆と共に台所の床へと転がり落ちた。
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